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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■みんな仕事が面倒くさいんだね/『トンデモUFO入門』(山本弘+皆神龍太郎+志水一夫)
 考えてみれば、「師匠と弟子」って関係、弟子は何らかの「通過儀礼」を必ず受けることになるんだよね。当然そこでも何かおいしいシチュエーションが生まれる可能性はあるわけで……。別に私はそんなもの期待してはいないのだが、その昔、ヨーダ×ルークだったかルーク×ヨーダってパロディマンガもどこかで見たことあるし(高信太郎だったような)、ヒビキと明日夢君の濃密な夜を想像して眠れない思いをする腐女子さんたちも増えるのかもしれない。
 まあ、自分でそういうパロディマンガを描いてみてもいいのだけれど、私のコドモマンガっぽい絵柄だと、別の意味でいやらしくなっちゃうからなあ。つか、描きながらサブイボ出ちゃうわい。誰か描かんか。


 山本弘+皆神龍太郎+志水一夫(と学会)『トンデモUFO入門』(洋泉社)。
 もう何年か前のことになるが、私が山本弘さんのことを嫌っているとデマを飛ばした人がいて、ちょいと迷惑を蒙ったことがある。その人がどうしてそう思い込んだのか、理由はよく分からないのだが、どうやら私と別の人を間違えたらしかった。
 山本さんのことが嫌いだったら、こんなに本が出るたびに追いかけて買ったりはしないのだけれども、いくら説明を繰り返しても、いったん思い込んだら一切自説を曲げようとしない人だったので、こりゃもうしようがないな、とこちらから縁を切ることにした。そしたらその人、今度は「自分の方から縁を切ってやった」と正反対のことを吹聴して回るようになったのである。
 全く、ウソをつくことに何の罪悪感も持たない人間というものはいるものだなあと思ったものだが、それ以上に関わりあいになりたいとは思わなかったので、その件はそのまま放置した。
 私が嫌なのは、その人もそうなのだが、内心では山本さんのことを馬鹿にしているくせに、いかにも私は信奉者でござい、ってなフリをして、おべんちゃらを使いまくっている腰巾着や茶坊主のほうである。山本さんもそういう連中が鬱陶しくはないかと思うけれど、付き合い長いと簡単に縁は切れないんだろうね。

 それはそれとして、肝心の本の内容について。
 20年ほど前までは、青少年の未知への憧れを掻き立てていたものの、今や世間の誰も振り向こうとしない「UFO」について、ひとたびこの人たちに語らせたら他の追随を許さないというお三方が結集し、大いに放談しまくったのが本書である。
 本来は京極夏彦ほかの『妖怪馬鹿』に倣って『UFO馬鹿』とタイトルを付けたかったそうだが、あまりに真似するのもなんだと無難な題に落ち着いたそうである。私はどっちかというと、往年の『オモロ大放談』を連想した。
 しかし、本書でも語られていることだが、もはや今時の若い人たちは、UFOについての初歩的な知識も知らないのである。まあ、我々の世代でも、「UFO=空飛ぶ円盤」と思い込んでるやつは結構多かったからな。
 三人のお喋りをそのまま採録しているために、軽く読み飛ばされてしまいかねないのだが、これには「UFOをいかに楽しむか」というスタンスが明確に示されている。
 ともかく盲目的に「UFO=宇宙人の乗り物」と断定しないこと、捏造されたデータに踊らされないこと、人はなぜ簡単に偽情報に騙されてしまうのか、その心理的背景にまで思いを致すこと、検証の末になおやはり正体の分からないものがある場合にはそれはやはり研究の対象として価値あるものだと認めること、トンデモな目撃証言などもただ馬鹿にするのではなくてフォークロアの一つとして楽しむこと――などである。
 要するに研究心と遊び心を両立させて、妄信だけはしないようにってことだね。だから、ケネス・アーノルド事件にしろマンテル事件にしろベティ・ヒル事件にしろロズウェル事件にしろ、検証の末にある程度真実が見えるようになった事件について、「なーんだ、ロマンがなくなっちゃった」なんて思わないことである。
 「人間は間違うものだ」あるいは「人間は幻を見たがるものだ」という「人間認識と深い愛」があれば、UFOも幽霊も超能力もいかがわしい詐欺と決め付けずに微笑ましく見ることができる。

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08月28日(日)
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