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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■再度、学校という腐れた体質について/『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』(武居俊樹)
まあ、あまり味の方がイマイチ期待できないメンバーだが、以外に鈴木紗理奈がいい出来。磯野貴理子も味は濃かったがまあ美味しい部類。ほかはもう、どうしようもなかった。
予想通りインリンの料理は殆ど「害毒」で、鍋に泥鰌と溶き卵を流してカツブシをまぶしただけなんだから、味の方は想像もしたくない。細川さん、口に含むなり、別部屋に駆け出して行った(もちろん吐き出すためである)。外はまッ黒こげだが、中が完全にナマで、噛んだ途端にホネが膨大に出てきて、口の中に刺さるそうである。おげえ。
笑ったのは、細川さんが吐き出すたびに画面に「本当は強いライダーの活躍をご覧ください」と『響鬼』の画面が流れること。伊集院光から「このライダー弱え!」と突っ込まれていたが、魔化魍には強くてもインリンの料理には勝てないのだな(笑)。魔化魍の出没する地域にインリンの料理を置いといたら、自然に駆除できるんじゃないか。
しかし細川さん、無精ひげが結構伸びてたけれど、『響鬼』の方で山篭りするシーンでも撮っているのだろうか。
武居俊樹『赤塚不二夫のことを書いたのだ!!』(文藝春秋)。
タイトルはなんだかふざけているように聞こえるだろうが、これは立派な「マンガ家・赤塚不二夫」の評伝である。今後、赤塚不二夫について何か文章が書かれることがあるとしても、その際には必ず本書が参考文献として巻末に載せられることになるだろう。それほどに本書は赤塚不二夫の本質を忠実に描いて粉飾するところがない。
長年の赤塚さんファンならば、作者の名前を聞いて、それが誰であるかを察することはできるだろう。「タケイ」と聞けば「少年サンデー」のデカバナタケイを、「イガラシ」と聞けば「少年マガジン」の「デガラシ」を思い出す。どちらも赤塚さん担当の編集者であるが、二人とも赤塚マンガにおける「マンガキャラクター」であった(ほかにも実在人物の赤塚キャラと言えば、男ドブスの水島新司・牛次郎とか、カメラ小僧の篠山紀信とかがいるが、彼らはホンモノとは全然似ていないキャラデザインである)。
赤塚不二夫のことを書ける人間はこの二人の編集者に如くはないが、五十嵐隆夫さんが『天才バカボン』一作の担当であったのに対し、武居さんは『おそ松くん』『天才バカボン(マガジンから一時的に移籍)』『モーレツア太郎』『レッツラゴン』と、そのギャグの「進化」を、身をもって語れる立場にあった。この事実は、本書を執筆するにおいて重要なファクターとなっている。すなわち本書は、一人のマンガ家の評伝としての意味だけでなく、そのマンガ家の精神史を描くことによって、日本ギャグ史を描くことにも繋がっているからである。
昭和40年前後のフジオ・プロが、赤塚さんを中心として、長谷邦夫、古谷三敏、横山孝雄、竹中健治、高井研一郎、北見健一(現・けんいち)、芳谷圭児、あだち勉らによるアイデア・作画の完全分業体制で作られていたことは当時から知られていたことである。
ストーリー及びギャグは赤塚、長谷、古谷、それに武居記者が加わって練り上げる。それを元にして、ネームは赤塚さん一人がこなし、下描き、ペン入れ、背景、仕上げを残りのスタッフに委ねるという作業過程である。
そのようなプロダクション制を取っていたためだろう、本書には次のような記述がある。「赤塚は、『赤塚不二夫』というペンネームは、自分一人のものではないと思っている。符合だと思っている。自分はその代表者だと思っている」と。しかしそれは私にとってはかなり意外なことであった。
確かにフジオ・プロがさいとう・プロに先駆けてそのような分業制を取っていることは私も昔から知ってはいたが、あの一時代を画したギャグ・ギャグ・ギャグを見せつけられていたせいで、作家性の強い人だと思い込んでいたのである。私は他のアシスタントは赤塚さんの影響下にあるお手伝い人程度にしか認識していなかったのだ。事実は全くの勘違いであった。
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08月24日(水)
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