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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■幻想の絆/DVD『盲獣VS一寸法師』
「親子の絆が失われた」と嘆く向きは多いが、さて、翻って日本の歴史を見直してみたときに、「子供」はそんなに大人たちから大切にされてきていただろうかという疑問も生じてくる。明治期に来日した外国人の多くが、日本国中津々浦々で「子供や赤ん坊が大切にされている姿」を見て、驚いている。「日本は子供の天国か」と。しかし、外国人たちが見たのは主に「赤ん坊をねんねこで背中におんぶした」母親や姉やたちの姿であり、そのような習慣のない西洋人の目にはこれが「過保護」のように映ったのだ。この事実のみを以って即、「子供が大切にされていた」と断じるわけにはいくまい。
ハッキリ言えば、日本の家庭で大切にされていたのはほんの何十年か前まで「跡取り息子」だけだったのである。それ以外の次男、三男はただの「冷や飯食い」でしかなかったし、娘は「嫁」に出すものでしかなかった(嫁に行った先で「母」になってようやく地位が得られるのである)。
こういう言葉がまだ「生きていた」時代に私たちの世代はギリギリ引っかかっている。分かりやすく言えば、長子以外の子供はみな、長子に何か事故があったときの交代要員でしかなく、長子が存在している限り、「虐待されるのが当然」な存在であったのだ。江戸期の武士階級においてこの「制度」は絶対的なものであったが、町人・百姓の間でも、あるいは時代が下った庶民の間でも、この「感覚」だけはかなり長期に渡って継承されていた。うちのオヤジは職人の家に生まれた次男であるが、次男であるがゆえに祖父の跡を継げなかった恨みをかなり長いこと愚痴ってばかりいた。
「惣領の甚六」という諺があるが、これは、惣領(=跡取り息子の長男)はチヤホヤされるので馬鹿が多いという意味である。この感覚が庶民のものであった証拠はあの『サザエさん』にも表れており、磯野家の隣に住む小説家・伊佐坂先生の長男の名前はまさにこの「甚六」である(この長男はアニメ版ではいつの間にか姿を消してしまった。名前が差別語であると判断されたためだろう)。
日本人の家庭の場合、悲惨なのは、長男以外の子供をより迫害しているという自覚が親にはあまりないという点である。「冷や飯食い」であるから、親の財産が必ずしも贈与されるとは限らない。兄弟が三人いたとして、三人に財産を平等に分けて行けば、次の代、次の代と、財産はどんどん目減りしてしまう(財産が「田んぼ」であった時代には、これを指して「田分け者」と言っていたわけだ)。
だから、親は次男以外の子供には自然、独立するための道を勧めることになる。次男以外の子供に辛く当たるのは当然だ、という理屈がここに生まれる。ましてや、長男がいて、もう一人の子供が「継子」であれば、これはいずれ追い出すのが当たり前という感覚であったろう。親にはこれが虐待であるというような意識はない。「辛く当たるのが子供のため」と思い込んでいるのである。
「継子苛め」の物語がシンデレラよろしく、逆転して幸福な結末を迎えることが多いのは、現実には悲惨な目にあった継子たちがいかに多いかを示している。
この事件をたいていの識者は「残酷な虐待事件」と評するだろう。
しかし私には、この「生き埋め」という虐待の仕方の「古臭さ」を考えると、何となくこれが「未だに残る前近代の事件」であるような気がしてならないのである。
この三山容疑者に、この連れ子の女子以外の「実の子」がいたかどうかは分からない。しかし「継子苛め」であることは確かだ。義理の娘を土に埋めた動機は「女子が学校生活上の約束を守らなかったこと」だそうである。「義理の娘だからと言って、甘やかすわけにはいかない」という道義心も働いていたかもしれない。
ともあれ、この事件は「2週間程度の怪我」に過ぎず、「女子が死んでいない」以上は、これが三十年ほど前であれば、「事件にすらならなかった」可能性も高いのだ。
私は別にこの親父の行為が正しかったと言いたいわけではない。細かい事情が分からない以上は、この逮捕が適切であったのかそうではなかったのかは判断しかねる。
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08月18日(木)
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