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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■いつでも危険と隣り合わせ/『沈夫人の料理人』3巻(深巳琳子)
「お父さんは『ギブ・ミー・チョコレート』って言ったことあるん?」
「おうあるぜ」
「進駐軍を追いかけよったと?」
「道に落ちとるのを拾いに行きよった」
「チョコレートを?」
「チョコレートもあったばってん、缶詰を拾いに行きよったな。あれは米軍がわざと撒きに来よったっちゃろうな」
「ジープで?」
「そう。ともかく何にもないけん、何でん美味しかった。チョコレートも、多分、今のに比べたらたいして美味しゅうはなかったと思うばってんがな。
お前の婆ちゃんと、大きい婆ちゃんと、畑やら家の前の道で野菜ば育てて、それで料理ば作ってくれよったとやが、これがまたよう盗まれるとたい。ころあいやなあと思っとったら、次の朝、見たらくさ……」
「盗まれとる」
「そうたい」
父は笑った。
「ばってん、おれはお母さんみたいに苦労はしとらんけんな。お母さんの苦労はどんだけか分からん。引き上げでどんだけ苦労したか……」
「引き上げの途中で殺された人もおったやろうしね」
多分、それ以外にもいやなことはあったと思う。普通に考えれば、台湾にいた母の家族が、何事もなく帰って来れたはずはないのだ。父も母からそういう話は聞いているのだろう。それきり、口をつぐんだ。
道が混まないうちに、早めに送り火を焚くことにする。
焚き付けの新聞はこちらで用意してきたので、今度はオガラもすぐに燃えた。
父がまた「お母さん、長生きするって言いよったとに」とブツブツ文句を垂れるので、「お母さん、ずっと自分の方がお父さんより年上だってことで引け目感じてたから、お父さんが追い越すの待っとったっちゃろ」と言って揶揄する。
「おれは全然そんなこと気にしよらんかったとになあ」と笑う父。「十年やなあ」としみじみと呟いた。
祖母の死からはもう25年である。祖母が死んだとき、母が「婆ちゃんはまだどこかにいる気がするとよ」と呟いていたことを思い出した。人間は、死を実感することが一番難しいのかもしれない。葬式も盆も、儀式はみなファンタジーである。
所定の場所に線香を立てに行く。
毎年同じ川岸だというのに、しげはいつも道を覚えていなくて、自身なさげに車を走らせている。父も父で、もう十年このあたりに住んでいるのに「ここやったかな?」とやはりよくわからない様子。せっかちなところと言い、道をおおまんたくり(=適当)にしか覚えていないところと言い、血が繋がってないのに、こういうところは父としげは実の親子の私よりも似ている。
それでもさほど迷いもせずに現場に着くことが出来た。まだ五時前だというのに、マコモに包まれた供物も山と積まれているし、何蝋燭も何十本も立っているが、風で全て火が消えている。毎年思うんだけれど、風除けくらい付けられないものなのかな。
父からまた食事に誘われたが、さっき寿司を食ったばかりで、また食事ができるはずがない。通帳を早く作れとせっつかれたので、明日また会う約束をして辞去。
今年の盆も終わった。
毎日新聞が戦争の評価などについて、電話で全国世論調査を実施したところ、日中戦争・太平洋戦争などについて以下のような結果が出た。
「間違った戦争だった」43%
「やむを得ない戦争だった」29%
「分からない」26%。
アンケートというものがその質問の仕方によっていくらでも大衆操作ができることはもはや説明するまでもないことだが、この手の質問にうかうかと乗せられちゃってる人も結構いっぱいいると思う。何がインチキって、このアンケート、項目が少なすぎるのよ。肝心な質問項目が決定的に欠けている。
何が言いたいかっていうと、これにもう一つ、こういう質問を付け加えたら、「目からウロコ」だと思うんだけどね。
「やむを得ないが間違った戦争だった」。
あるいは、「間違っているがやむを得ない戦争だった」。
どっちを先にするかでニュアンスが変わるから、両方入れてもいい。そしたらこの二つの質問だけで六割以上は行くと思うが、どうかね。
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08月15日(月)
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