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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■これだから腐女子はなあ/DVD『地球攻撃命令ゴジラ対ガイガン』ほか
 普通、そういう「常識」は日常会話の中で培われていくものなのですが、それが全然身に付いていないということは、その人が結局は周囲の意見にまるで耳を貸さない傲慢な人間だということを証明しているんですね。「だったらお前もそうじゃないか」と馬鹿はまた墓穴を掘った反論を返してきますが、残念ながら私は殆ど自説には拘っておりません。私は自分の意見は全て『仮説』に過ぎないと思っていますので、自分の意見の根拠を翻すような意見に出会えば、いつだって素直に「ああ、そうだったのか」と自分の意見を取り下げています。実際、そういうことも日記にはよく書いているのですが、私を「自説に拘泥する意地っ張り」に仕立てたい人はそういうところはきちんと読まないんですね。昔、某作家さんとあることについて意見のやり取りをしたときにも、全然こちらの文章を読まずに一方的に自説だけを押し付けてくるので、一度思い込んだら本当に人と言うのは自分を省みられなくなるものだなあと唖然としたことがありました。
 私がそこまでの頑固者ではないということは、例えば、以前、私は『Mr.インクレディブル』についてはかなり高い評価を下していたのですが、アメコミに詳しい箱男さんの今年の7月19日付の日記にこう書いてあるのを読んで、評価がちょっとトーンダウンしたことでも充分にご説明ができると思います。

> 『Mr.インクレディブル』がやっているのは完全に『マーヴルズ』(小学館プロダクション)、『アストロシティ』(ジャイブ)以降のスーパーヒーローコミックスのアニメ版。
> なにしろこの映画、カート・ビュシークが『アストロシティ:ライフ・イン・ザ・ビッグシティ』序文でいっている「もしスーパーヒーローがそんなに強力で実用的な少年の思春期に関するメタファーであるのなら、それを使ってあなたは何か違ったこともできるはずだろう。スーパーヒーローの物語を使って少女の思春期を語ってみては? あるいは壮年期の心理的危機を? あるいは親となった大人が迎える人間としての変化を?」という発言をほとんどそのままとりいれたストーリーなのだ。

 簡単に言えば「やたら持ち上げるほどオリジナルな話じゃない」ということで、もちろんそう思って『Mr.インクレディブル』見返しても、つまんなくなることはないのですが、これまで私はこの映画を大絶賛していたのですが、少なくとも「誰も見たことがないような大傑作」だなんて口にするのは止めようと思った、という次第です。矢玉四郎さんのトンチンカンな批評には疑義を呈しますが、こういう根拠のある指摘について自らの無知不明を省みる気持ちは当然あります。
 ですから、私に文句をつける方は、もちろんいくらして下さっても自由なのですが、自分がどれだけ根拠のある発言をしているか、批判する前に少しは熟慮していただければと思うわけです。私を頑固者だと思う前に、自分が感情的になっているだけじゃないのかとちっとは考えていただきたい。そうでないと、結局作品の価値を貶めることになるのは、オタクであり腐女子である「あなた」だということになるのですから。
 再度繰り返しますが、『鋼の錬金術師』は、原作派とアニメ派が不毛な争いをしなければ、もっと世間的な作品評価は高くなったと思います。プロの評論家ですら「口を挟むのもウンザリ」なんて状況を作り上げてしまったのは大多数の腐女子の皆さん一人一人の責任です。論争には論争をするだけの基本的な素養が必要なのですが、腐女子の皆さんにそれがあまりにも欠けていたことは紛れもない事実なのです。


 「ダコタはすごい」。
 『アイ・アム・サム』をご覧になった方はご首肯いただけるだろうが、知恵遅れな父親を演じたショーン・ペンを向こうに回してのダコタ・ファニングの知性的な演技はとても7歳だとは信じられないほどで、私もしげも、この映画から彼女にすっかり参ってしまっているのである。

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08月12日(金)
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