ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491659hit]

■痺れた指で書いてます/『ボクを包む月の光 ―ぼく地球(タマ)次世代編―』1巻(日渡早紀)
 バコールはトム・クルーズだけでなく、元妻のニコール・キッドマンに対してすら「キャリア不足」と斬って捨てた過去がある。なんかあちらのおすぎか井筒和幸みたいで小気味よくはあるけれども、感情的に自分の嫌いなタイプの役者をこき下ろしているだけのように見えなくもない(共演もしてるし本当は仲がよいのかもしれないが)。
 演技力があるとされている役者であっても、映画によってはミス・キャストと評されることもある。アカデミー賞を取った役者がその後鳴かず飛ばずになってしまった例も少なくない。とかく「演技」の評価は一定の確固たる基準を示せるものでもなく、水物だと言っていい。今回はいささか有頂天になりすぎているクルーズをたしなめる意味や、役者への太鼓持ち提灯持ち茶坊主的おべんちゃらを使うしか脳がなくなっているマスコミへの牽制の意味があるとしても、これで単純に役者の演技力をああだこうだと決め付けるような流れができたりしなきゃいいがなと憂慮するのである。


 手足の痺れ取れず、再び病院へ。
 先日の検査の詳しい結果も出ていたので、教えてもらうが、「痺れが出ても当然でしょう」ってくらいにあの値もこの値も昨年から跳ね上がっている。去年に比べりゃストレスは軽減しちゃいるんだが、去年の蓄積が今になってここに来たって気がしなくもないな。
 主治医の先生、「薬飲んで養生しても、痺れが完全に取れるようになるのは一ヶ月ちょっとはかかるでしょう」とのこと。もちろん、それで私の体質自体が治るわけではないが、節制すれば血糖値が下げることは年齢的にまだ間に合うのでがんばりましょうと激励される。確かに、ウォーキングも再開しているし、日常生活に支障を来たさない程度には状態を回復させないと、日記も書けやしないのである(と、更新が遅れてるのを言い訳)。


 終戦60年記念番組『二十四の瞳』。
 見ました。
 既に感想も何も書きたくないくらいだが、若い人たちにやはり言いたい。まかり間違ってもこんな安っぽいドラマで泣いたりなんてするなよ。『二十四の瞳』がどんな話か本当に知りたいのなら、壷井栄の原作小説を読みなさい。あるいは木下恵介監督版の映画を見なさい。
 脚本は臭いくらいに反戦を訴えていてかえって白々しいし、イデオロギーだけの上滑りしたセリフをいくら書いたって、感情に訴えかけるドラマには決して成り得ないという基本中の基本をこのくそばか脚本かは分かってない。
 役者の演技も脚本に引きずられて大仰で臭いばかりである。いや、脇はまだいいんだけど、主演がもう見ててまるで新興宗教の教祖である。なんか最近は「黒木瞳主演」ってだけでそのドラマ見る元気がなくなるんだけど、熱演のしすぎで押さえが利かないのだ、この人。舞台のときのクセがまだ抜けてねえんじゃないかな。


 マンガ、日渡早紀『ボクを包む月の光 ―ぼく地球(タマ)次世代編―』1巻(白泉社)。
 ヒット作品のパート2は落ち目の証拠ってのは『サルまん』でも書かれていた法則だけれど、本作はそういう「夢よもう一度」の企画ではない。作者が解説で書いている通り、家庭の事情で一時期引退を考えていたのである。ファンへの「最後の贈り物」のつもりで、読み切りを一編だけ書いた、それが第一話の『ボクを包む月の光』だったという次第。
 それが作者の事情も好転して今も続く連載に発展するようになったのだから、世の中何がきっかけに瓢箪から駒な出来事が起きるやら分からない。だもんで、今回に限り「二番煎じ」がどーのという類の批評は適当でないと言っておこう。
 サブタイトルにもある通り、これは1980年代から90年代にかけて、一大ブームを巻き起こした『ぼくの地球を守って 記憶鮮明東京編』(通称「ぼくたま」)の「次世代編」である。オリジナルビデオアニメにもなったし、『花とゆめ』の歴史上、最もヒットした作品の一つと言えるだろう。
 これも今や歴史の彼方になりつつあることで、説明が必要になってしまったことであるが、パート1のヒットには、一つ、「いびつな側面」も生じていた。

[5]続きを読む

08月02日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る