ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491661hit]
■あえて取材しないという選択を取れないのは何故?/『弁護士のくず』2巻(井浦秀夫)
「フルバ」は(と略すとマンガのタイトルみたいだが)、満遍なくみんながお立ち台に(笑)。ラクーンドッグさんが、「宮崎駿の映画を見たことない人」とお題を出すが、誰も立たない。そりゃ、たいていの人が見てるだろう……と思うのだが、ドッグさんは『魔女の宅急便』も『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』、全てご覧になっていないとか。『ロード・オブ・ザ・リング』も『ハリー・ポッター』も一本も見たことがないそうで、これはこれですごいと言う気がする。でもこれじゃいつまでもオニから逃れられないのも当然である。
私が立ったときに、「SMに興味がない人」と言ったら、ドッグさんしか立たなかった。女性陣はみんな興味があるのか。ドッグさんが細川嬢に「どこまでもですか!?」と言ったら、細川嬢、「あります!」と即答。恐るべし!
本当は「フルーツバスケット」の後、読み合わせもある予定だったのだがそれはパスさせていただいて帰宅。
途中、ラーメン屋に寄って、ホルモン丼を食う。焼肉屋で食べるホルモンはたいてい生焼けか焼き過ぎかで美味くないのだが、店で出されるホルモンはどうしてちょうどよい焼き加減になっているのか、これが不思議で仕方がない。
CS日本映画専門チャンネルで西河克己監督『絶唱』(1966・日活)。
大江賢次の同名小説(河出文庫で現在でも入手可能)の、舟木一夫・和泉雅子主演による二度目の映画化。久しぶりに見返したけど、
最初の映画化は1958年、同じ日活の滝沢英輔監督作、小林旭・浅丘ルリ子主演。三度目は1975年、この二回目と同じ西河克己監督によるモモトモ(山口百恵・三浦友和)映画。
完成度という点では、三度目のものが一番だったように思うが、この二度目の映画化はオープニングで舟木一夫の主題歌が哀切込めて(つか陰気に)流れるところがポイントで、「な〜ぜ、死〜んだ〜♪ あ〜あ〜あ、小〜ゆ〜き〜♪」と、おいおい、最初からネタばらししていいのかよって苦笑してしまい、本編でも、他の二本での情熱的な小林・三浦に比べて、舟木一夫ときたら、徹頭徹尾、腺病質な演技で観客の感涙を絞るものだから、「何じゃこりゃ?」という印象だけは強いのである。
「なぜ死者との婚礼が行われたのか?」というミステリー的な興味で引くには、途中の大地主の息子と山番の娘との身分違いの恋の過程が案外スムーズに展開してしまうので、かなりダレる。クライマックスは婚礼そのものではなく、病床の小雪のもとに帰ってくる順吉が間に合うか否か、そこにかかっているが、西河監督はこのあたりを舟木・和泉版と、モモトモ版とではシチュエーションを微妙に変えている。そのあたりが見所と言えようか。
劇中で「木挽き唄」を歌うシーンがあるので、この原作は「歌手兼俳優」の若手コンビを売り出すのに重宝されていたことが分かる。歴代のコンビの中で、本作の和泉雅子だけが異質に見えるが(つか、冒険女優が何で結核で倒れる薄幸の美少女なんかやってるんだってな感じ)、それは現在の和泉雅子を見ているからそう思えるので、当時は彼女も「アイドルスター」だったのである。いや、私もギリギリその時代を知ってるからねえ。ちょっとヒイキしちゃいたくはなるのよ。少女時代の梶芽衣子が、「太田雅子」名で、恋のライバルを演じているのも要チェック。
マンガ、井浦秀夫『弁護士のくず(九頭)』2巻(小学館)。
主演・ビートたけし(笑)の弁護士マンガ、オフィス・キタノから訴えられるような様子もなく、ちゃんと続いています。主人公の九頭元人が髪を金髪にしたらさすがにクレームが来るかもしれませんが。
弁護士ものは小説にしろマンガにしろ、どうしたって「庶民の見方」的な視点でしか描かれないが、どれもこれもが『家栽の人』になっちまったらそれはそれで面白くない。ミステリーとしての興味がどんどん薄れていくからである。
依頼人を解雇した会社の上司を、恋人を若い女に取られた中年女を、父親の愛人に遺産を取られまいと遺言書を隠した家族を、夫に依存しているくせに気位だけは高くて離婚訴訟を起こした女を、九頭は口先三寸で罠にかけ、本音を引き出し“丸く(なったのかどうか)”収める。丸く治めるためには嘘八百を並べても構わない。
[5]続きを読む
05月09日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る