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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■「ひっ(ざ)びきー、呼ーび♪」/映画『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』
 「時代劇専門チャンネル」でも、山本周五郎の『かあちゃん』のテレビドラマ版を放送。映画版はついこの間、2001年に市川崑監督、岸恵子主演のものがあったが、これは1987年『傑作時代劇』シリーズ枠での放送で、主役の「お勝=母ちゃん」を市原悦子が演じている。実は、1973年『ぶらり信兵衛道場破り』の一エピソードでも市原悦子は同役を演じており、「“母ちゃん”女優」ということになる。
 何度となく映像化されている作品なので、ストーリーをご存知の方も多かろうが、五人の子供を育てているケチなお勝には実は秘密があって……、という軽い推理小説風味のある人情時代劇。推理作家としても『寝ぼけ署長』ほかの傑作の多い山本周五郎ならではの、小味の利いた短編小説。
 ドラマ自体は、あまり大きな起伏はなく、淡々とした描写が続くのだが、最後の最後で三郎(松田洋治)の語る「真相」が「なるほど」と膝を打つ感じで「粋」なのである。すべからく、ミステリーのラストは「粋」でなくてならない。O・ヘンリーか、スタンリィ・エリン、ヘンリィ・スレッサーあたりの味を日本人で体得していたのが山本周五郎であったと言える好短編である。
 このネタは山本周五郎もよっぽど気に入っていたと見えて、複数の小説でも「使い回し」している。影響を受けた小説や映画も数知れずであるので(その中には既に推理風味すらなくなってしまっているものも少なくない)、ご覧になった方の中には「なんだ、このネタか」と拍子抜けされる方もいらっしゃるかとは思うが、ありふれたネタだからこそ、役者の技量が試される部分もある。「母ちゃん」の市原悦子はまさに適役だが、「母ちゃん」の家に泥棒に入って改心させられる勇吉役の堤大二郎も根の実直さをよく表している。その勇吉に惚れるおさん役を、牧口昌代がこれまた元気に好演。どっかで見たことある人だなあと思ったら、元アイドル歌手でした。今はどうしているのやら。長屋の差配役で殿山泰司が出ているのがチェックポイントか。
 45分という短めの時間枠が、アイデア一本で成立するこういう作品にはちょうど合っていると思う。


 劇団のホームページの方に、グータロウ君、鴉丸嬢と、メンバーの日記が新たに参加。
 グータロウ君の日記はまあ何というか、親子の情愛が行間からにじみ出てくるようなほのぼの日記だし、鴉丸嬢はもう、日ごろの口の悪さはどこに行ってるんだってくらいのかわいらしい日記で(「大人画廊」のイラストはまあ、アレですが)、どちらも私には逆立ちしたって書けやしないものである。
 なんか活動休止してからがかえって日記コンテンツが充実して来た感じで、こうなるとラスト・サムライ其ノ他君にも登板していただきたいところであるが、本気で体力使い果たしてるからなあ。討ち死にしないで頂きたいと願うほうが先なのである。


 定期的に訪れるしげの情緒不安定。
 きっかけが特にあるわけでもなく、「いきなり寂しくなる」のだから、躁鬱病じゃないかという気もしてくる。何か具体的な治療法があるのなら何とかしたいところだが、それがないから困り果てているのである。もうね、この十年以上ね、ずっと言い続けてるんだけどね、私の心がしげから離れたことがあったかって言うんだ。私ゃ職場でも「どうしてそんなに奥さんの話ばかりするんですか」と言われるくらい女房の話をしているぞ。ヒューズ中佐もかくやってくらいだ。それが理屈では分かるけど感覚では分からないというから、しげの感覚の方が狂ってると断定できるのである。
 「じゃあ、どうすれば『心が離れてない』って納得できるんだよ」
 「あのね、あんたが寝ててもね、オレがじっと見つめたら、パチって目を開けて見つめ返してくれると」
 「オレはエスパーじゃねえええええ!」
 しげの要求度はこういうレベルである。人間の力でしげの心の隙間を埋めることは不可能であるということがご理解頂けようか。
 だから自分の心の病気は自分で治せ。
 

 夜、「AMCキャナルシティ13」で映画『レモニー・スニケットの世にも不幸せな物語』。

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05月08日(日)
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