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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■地震話はこのへんでオワリ/映画『ニューヨークの王様』
 こんなふうに答えた人、別にお年寄りでボケてるわけではなくて、二十代の女性だったりするのである。もうこうなってくると、笑いの対象にしかならない(新聞記者は明らかにここで「笑い」を取りにいっているが、冷静かつ客観的であるはずの新聞記事ですら「オチ」に使われてしまう福岡人っていったい……)。いや、それどころか、ネットで地震当日に日記を散策してみたと書いたが、その中には「いつ地震があったんですか?」と書いていた「福岡市民」が、本当に何人もいたのである。
 無謀を無謀と自覚してないやつ、一般的な常識とあまりにも乖離しているやつ、そもそも鈍感で何も考えてないやつ、やっぱりどう贔屓目に見てもただの「ばか」なのだが、その「ばか」が大量にいれば、そっちのほうが博多では「常識人」になるのである。
 博多弁では、こういう人たちのことを「おおまん」とか「おおまんたくり」とか言うのだが(古い人は擬人化して「大野万太郎」とか「大野万次郎」などとも言う)、何事も大雑把で適当、けれどそれを欠点だと責めるのではなく、「あん人はおおまんやけん、しょんなかたい」と許してしまうのが博多人気質なのである(ちなみに「おおまんさん」がさらに度を越してしょっちゅうぼーっとして心ここにあらずな状態になると、「夢野久作さんのごたる」と呼ばれることになります。幻想作家の夢野久作はここから名前を取ったのですね。この名前は俳優の嶋田久作にも受け継がれています)。ある意味、そういう「非常識人」のほうが多ければ、細かいことで人と人が衝突することもなく、トラブルが起きにくいとも言えるのだが、普通の人間がそこに混じれば逆にイライラさせられることも多かろう。なんたって、仕事が全然進まない、ということもしょっちゅうなのである。
 先ほども書いたとおり、こういう博多人の鈍感さも、ちょっとした困難にぶち当たっても全然めげないんだなあ、と好意的に見ることもできないではないのだが、「おおまん」ぶりが、実際の行政にまで蔓延してしまっていては、許せる範囲にも限度がある、と言わざるを得ないのである。福岡という都市の一大欠点は、そういった公的な仕事まで何度司直の手を煩わせても改善される気配がない、という点にあるのだ。「日本のゴッサム・シティ」と言われても、確かに反論できない面があるのである。
 細かい仕事、きちんと積み上げなければならない仕事まで「うだんしか(=鬱陶しい)」「しろしか(=面倒くさい)」「せからしか(=うるさい)」と言って放棄する癖が、福岡人・博多人の多くにある。公金横領とかカラ出張とか、警察、教育庁ほか、官公庁の不正がやたら摘発されるのも、「これくらいよかろうもん」といういい加減さが身に染み付いているのだ。警察の仕事も穴だらけで(警察関係者に反論はさせんぞ。ホモオタさんからストーカーされるのを私ゃ警察から「どうにもできませんねえ」と言われているのだ)、ちょっと悪知恵を働かせれば、博多でなら完全犯罪はいくらでも可能なんじゃないかとすら思える。
 いや、昔ながらの博多人、商売人や職人は、ここまで「自分のことについて」面倒くさがってはいなかったはずなのだが。自分の好きな仕事には熱中するが、他人からの命令は極力嫌うという反骨的な博多人の気質を考えると、もしかして「サラリーマン」くらい合わない仕事はないんじゃないか、だから自然に仕事がいい加減になってくるのではなかろうか。案外この憶測、当たっているかもしれない。仕事しながら愚痴言う人、うちの職場にもやたらいるんだわ(私はこの日記では散々職場の悪口言っとりますが、実際の職場では黙々と与えられた仕事をこなしとります)。

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03月30日(水)
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