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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■オウムが来りて……何をする?/ドラマ『巷説百物語 孤者異(こわい)』
けれどもどうやら、寝ぼけて夢の様子をうわごとで実況中継していたらしく、それがおかしかったのでしげは日記に書いたらしい。相変わらず意味不明な文章になっているので、注釈をしておきます。
WOWOWドラマ『巷説百物語 孤者異(こわい)』。
以前、『巷説』を『京極夏彦 怪』と題して四話ドラマ化したのもWOWOWだったけれども、そのときとはスタッフ、キャストを一新している。監督は酒井信行から堤幸彦へ、小股潜りの又市は田辺誠一から渡部篤郎へ、山猫廻しのおぎんは遠山景織子から小池栄子へ、考物の百介は佐野四郎から吹越満へ、事触れの治平は谷啓から大杉漣に交代。ストーリーも前作とのつながりはなく、百介は今回の事件で初めて又市たちと出会う設定になっている。
意外に気が付かれていないようだが、『巷説』シリーズは立派な「本格探偵小説」である。不可解な謎は提示されているし、それを解き明かすためのヒント、伏線はちゃんとあるし、それが論理的に解かれもする。
印象としては闇を扱いながらも華やかな印象のあった前シリーズに比べて、かなり暗く渋めのキャスティングになっていると思う。だからと言ってつまんなくなったかというとそうではなく、ミステリーとしてのツボはやや外しはいるものの、キャラクターの魅力がドラマのうねりは充分作っていると言えるだろう。
又市については、最初の田辺誠一はあまりにさわやか過ぎて、「小股潜り」の名にふさわしくない印象だった。アニメ版は又市本人が妖怪であるかのようなキャラクターデザインで、面白くはあるけれども完全に原作とは別物になってしまっている。映画『嗤う伊右衛門』の香川照之は薄汚れた小悪党の雰囲気でかなりイメージに近い。渡部篤郎もかなり「胡散臭く」てよいのだが、もう一つ「軽み」があればもっとよかったと思う。だいたい悪党というものは、どこかにふざけたところがないと辛気臭くなってしまうものだからだ。アウトローで世をすねちゃいるけれども、どこか底抜けな明るさがあって、それでいて全く逆の闇もまた背負っていて……なかなかに微妙な演技力を要するのである。一昔前なら、こういう役どころは砂塚秀夫やジェリー藤尾あたりが受け持っていたものだったが、最近ではなかなか適役な俳優さんを探すのが難しい。竹中直人ならソツなくこなしそうだけれど、何でもかんでも竹中さん、というのもどうか。今回の渡部さんはこれまでの演技の流れでそのまま流した印象があって、やや物足りない。できればもう二、三回は又市を演じさせて、役を深めてもらえたらと思う。
大杉漣の治平には文句なし。キャストを聞いたときに一番不安だったのが百介とおぎんだったのだが、意外や意外、この二人の「距離感」が実にいい具合なのである。
ラストシーン、二人の間の「敷居」を示すおぎんに対して、それを乗り越えることができずに黙りこくる百介。おぎんは何事もなかったように去るが、そんな彼女に又市は「忘れ物は?」と問いかける。おぎんは笑って「いけすかねえやつだよ」と笑う。このときの小池栄子の表情がいい。何か一つ吹っ切れたような、それでいて切ないものを少しばかり残しているような、幼いようで艶っぽいような、不思議な微笑である。遠山景織子のおぎんも素敵ではあったが、原作のイメージには小池栄子のほうが近いのではないか。
堤幸彦作品は『ケイゾク』がまあマシだった程度で、正直な話、これまでは惨憺たる出来のものが多かったのだが、それは主に脚本の粗雑さによるものだろう。今回もとても江戸時代人とは思えないような台詞は多々あったが(同心が「過去形で言うなっ!」なんて近代文法の知識があるのはいくらなんでもちょっとなあ)、一応、ドラマとしての密度は高い脚本を与えられて、初めて時代劇を演出したにもかかわらず、あまり破綻のない出来栄えに仕立てている。それなりに「粋な」脚本なら、その実力を充分に発揮できるのだろう。
しげ、体調崩したまま。風邪引いた上に薬が合わなくて「気持ち悪い」を繰り返す。どうにかしてあげようにもどうしようもないので、明日は病院に行くように言明するくらいしかできないのである。
03月27日(日)
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