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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ 明日、あなたも刺されているかもしれません/『戦後最大の歌姫伝説 美空ひばり今年17回忌 今甦る愛・幻の絶唱』
それまでにも流行歌手はたくさんいたが、「歌に生き、歌に死ぬ人生」を意図的ではないにしろ、初めて社会的に“演出”したのが美空ひばりという存在であった。マスコミからのバッシングや病魔との戦いは、「私には歌しかない」という熱情を彼女にもたらしたが、それらの「物語」は後続の演歌歌手たちにこぞって“模倣”された。そしてそれは「生きるしかない」敗戦後の庶民の姿にもぴったりと重なっていたのである。その決して上手いとは言えない、聞きようによってはダミ声にすら聞こえる独特の歌声は、どんなに朗らかに歌おうともどこかに哀愁を帯びており、高額所得者に名を連ね、「ひばり御殿」と称される豪邸に住みながら、美空ひばりにはどこか「不幸」の影が付き纏っていた。それらの要素はみな、戦後復興期から高度成長期にかけて庶民が味わってきた「苦労」を体現したものとして受け容れられてきたのである。だからこそ、カツカツの生活の中で、それでも卓袱台を挟んで親子で食事をする暖かさに安らぎを覚えていた「昭和」の人々には、『柔』や『悲しい酒』が、すんなりと我が心の歌として口ずさまれていたのだ。貧乏も借家住まいも知らない現代の若い人たちが聞いたなら、彼女の歌はいったいどのように受け止められるのだろう。ダサイだろうか。お笑いだろうか。だとしたらこんなに悲しいことはない。
今回の番組にはその手の視点が悉く欠けていて、「こんな歌手がいたんですよ」程度の中身しかなく、その意味ではまるでつまらない。けれど、それでも加藤家に所蔵されていたものであろうプライベートフィルムなどが紹介されていて、息子・和也君への彼女の溺愛ぶりが、そのスキンシップぶりや笑顔とはまるで正反対に、「努力して努力して不幸から脱却しよう」と懸命になっているように見えて痛々しく、涙をそそらないではいられない。ここで哀しみを感じるか感じないかで、「昭和」を生きてきた人間かそうでないかが分別されるのである。この「笑顔の裏の悲しみ」こそが、「戦後の昭和」という時代の本質であった。「昭和」のイメージの色濃い役者たち、例えば渥美清も、中村錦之助も、「無国籍」と言われた『渡り鳥』シリーズの小林旭ですらも、実はその「悲しみ」を映画の中で体現していた。そしてそれは現代の若手の歌手や役者からは完全に失われてしまったものなのだ。
……でも、美空ひばりと小林旭との結婚について一切触れなくなったのはなぜかなあ。どちらの家に遠慮してるのかは分からないけれども、本気で伝記番組を作る気なら、避けちゃいけないことだと思うんだがなあ。暗黙のうちに「タブー」になっちゃってるのだろうか。
夜、外出して、エコ缶さんとこの打ち合わせから帰宅したしげが、「なんかまた乱入事件が起こっとるよ」と言う。「乱入」と聞くと私はどうしてもタイガー・ジェト・シンやハルク・ホーガンやラッシャー木村を連想してしまうのだが、プロレス関係の事件ではなかった(そういう連想をする私の方がオカシイ)。
午後3時すぎに、大阪府寝屋川市初町の市立中央小学校に、包丁を隠し持った17歳の少年が侵入し、男性教師1人と女性2人を刺した。背中を刺された教諭の鴨崎満明さんの傷は右肺から心臓にまで達しており、間もなく死亡した。駆け付けた寝屋川署員によって少年は取り押さえられたが、取り調べた結果、寝屋川小の卒業生と判明した。
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02月14日(月)
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