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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■年賀状のことなど/『パディントン発4時50分』(石川森彦)ほか
しげがカラダを壊しがちなのは、食生活の杜撰さを初めとして、生活のリズムが乱れているのが理由なのは分かっている。栄養バランスの取れた食事、適度な運動など、改善の手段はいくらでもあるのに、「ただひたすら寝る」ことだけで凌ごうとしているから、体調が悪化することはあっても好転するわきゃない。
そのくせ、しげは私の屁が臭いと言って、「肉食うな、野菜食え」と言うのだ。だからさあ、どうして肉しか食わない自分の屁が臭くないと思えるのかね。私は寝ている間、しげの寝屁の被害にあって死にそうな目に会ったことが幾度となくあるのだが。
しげは「家事もして、病院にも通って、仕事もしてたらカラダが持たないよ」としょっちゅう愚痴を言っているのだが、ちゃんと通ってるのは病院くらいで、家事は殆どしないし仕事もよく休んでいる。そんな状況で「疲れた疲れた」と言われても、「身のほど知らずが何を言うか」と返すしかないのである。文句言いたいなら野菜と果物食って日光に当たってから言え。
DVDを続けて3本、『ミス・マープル パディントン発4時50分』『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!栄光のヤキニクロード』『ハーヴェイ』。脈絡は全くない。
ジョーン・ヒックソン主演版の『パディントン』はかなり前に購入していて未見のままだった(テレビ放送時に見てはいる)。改めて見る気になったのは、先日買ったコミック版の『NHKアニメ劇場 アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル2 パディントン発4時50分』(石川森彦)を読んで、原作とちょっと違っているところがあったような気がしていたので、テレビ実写版で確認してみようと思ったのだ。だったら原作小説を読みゃいいのだが、それは山のに中に沈んでしまっていたので、仕方がないのである(いつものことですいません)。
結論から言うと、コミック版の方は、第1巻の『ABC殺人事件』がへなちょこな出来でガックリだったのに比べて、かなり手慣れた描きぶりになっていて、読みやすかった。実写版よりもコミック版のほうが犯人のトリックの描写としては「偶然に頼っていない」点で明らかに優れている。石川さんの絵がチト地味でマンガとしての魅力に欠ける面はあるが、少なくともアニメのように「アヒル」を出してない分、良心的な執筆姿勢だと言えるだろう。原作で重要な役割を示す家政婦・ルーシー・アイレスバロウを、アニメオリジナルキャラのメイベル・ウェストに置き換えたアレンジも悪くない。
じゃあ、テレビ版がダメかというとそこまでのことはない。ジョーン・ヒックソンのミス・マープルはもちろんのこと、役者がそれぞれの役を的確に演じていて飽きさせない。原作を先に読んでいるので犯人もトリックも先刻承知なのだが、それでも「ああ、このへんはうまく演じてるなあ」と感心する部分があった。
スラック警部を演じたデヴィッド・ホロビッチは日本では馴染みがないが、実に上手い。『書斎の死体』に続いての出演だが、「何でこんな婆さんに捜査を引っ掻き回されなきゃならんのか」と苦虫を潰した表情が「かわいらしい」のである。名探偵の引き立て役の警部は単に馬鹿じゃダメなんで、これは理想的なワトソン役の一人と言えるだろう。
『ヤキニクロード』と『ハーヴェイ』はどちらも再見。『ヤキニク』は感想書き出したら長くなるので、省略。
『ハーヴェイ』を初めて見たのはもう十年くらい前になると思うけれども、原作が舞台なだけに、この「仕掛け」はいかにも舞台向きだ。それは「主人公にしか見えない身長6フィートのウサギ」を相手にマイム演技をする面白さだけにあるのではなく、そのウサギか果たして本当に実在するのか否か、そこを曖昧にしているのがミソなのである。不世出のパントマイマー、マルセル・マルソーは、自らの演技で「そこにあるように見えるもの」を瞬時にして別のものに「変えて」見せるが、本作の主役、ジェームズ・スチュアートは、映画的「仕掛け」で「ハーヴェイ」を空想の産物から実在のものへと変換させる。方法は違うが、「現実と空想の境界を反転させ、観客の固定観念を破壊する」ことに演劇の本質を見ている点では同質である。
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01月05日(水)
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