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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ワガママも見て見ぬふり/フィリップ・ジャンティ・カンパニー『バニッシング・ポイント』。
 しげの好き嫌いについて私が叱ると、本人はいつも必ず「食べられないわけじゃないよ」と言い訳をするのだが、食べさせないと絶対に食べないのだから、そんなのはウソである。単に嫌いなだけなのに、ウソをついてまで食べようとしないから余計に腹が立つのだが、いくら注意しても好き嫌いを治そうともせず、見え透いたウソを十年以上もつき続けているのだから、しげのこうした性格破綻はもうどうにも治りようがないのかもしれない。
 出されたものを美味しく食べられないイヤな性格の人間と同席したって、メシがうまく食べられるはずがない。私はしょっちゅう食事をしながら本を読むのだが、それは「お前と話しながらメシ食ったってうまくない」という意志表示なのである。普通の会席では私は本を読んだりしないのだ(たまにすることもあるが、それはやっぱり嫌いなやつと同席したときである)。しげが本を読んでそっぽ向いてる私に対して怒るのはお門違いである。食事しながら会話してほしけりゃ出されたものはきちんと食え。食えないなら最初から注文するな。

 新山口駅で乗り換え、山口線で湯田温泉まで。到着したのは5時過ぎ。ここから会場の広島芸術情報センターまでは3キロほど。芝居の始まる7時までは2時間弱あるので、当初はバスかタクシーを使おうと思っていたのだが、結局、歩いて行くことにする。
 温泉街だけあって、道の両端に温泉宿やホテルが立ち並んでいる。しげは公演のパンフレットに使える風景はないかとあちこち写真を撮りまくり。途中の公園で中原中也の句碑があったので、その前でしげの記念写真を撮る。「句碑だけ撮ればいいじゃん」としげは言うのだが、それじゃただの絵葉書だっつーの。記念写真の意味がないじゃん。
 あちこちに「足湯」が沸いていて、観光案内図には公衆トイレみたいにあそこここと載っている。概ねどこの足湯も畳一、二畳程度の横長のスペースに東屋風の屋根がついている。吹き抜けになっているところもあればガラス戸で仕切られているところもある。ちょうどくるぶしの上まで浸かる程度のお湯が張ってあって、ここにタダで入れる仕組みになっているのだ。
 最近、足が臭いことを気にしているしげ、早速入ってみる。開湯の由来として、その昔、怪我をした白狐が温泉に浸かってその傷を癒していたという伝説があって、どの足湯にも狐の像が祭られている。その狐の像の前でまた記念写真を一枚。残念ながらしげが像の横に並んでも「湯煙温泉と美女」という風情にはまるでならず、狐と狸の呉越同舟、といった塩梅。
 しげは熱がっていたが、私にはちょうどいい湯加減であった。観光客以外にも、ご近所さんがしょっちゅう利用しているようで、どこも入れ替わり立ち代わり、いろんな人が入っていた。十年くらい以前にここに来たことがあつたはずなのだが、そのときは足湯に入ったかどうか忘れた。時間の余裕があったので今回はゆっくりと浸かれたが、靴と靴下を脱いで入るだけだからすごく気軽でこれはなかなかいい。残念ながら夜になると今一つ風紀がよろしくない雰囲気があって、わざわざ遠方から来て楽しめる温泉地とは言いがたいのだが、近場に住んでいる人にとってはそれこそ都なんだろう。

 土産を買ったり、夜の公園でブランコに乗ったり(^_^;)して時間をつぶし、6時過ぎに会場へ。
 山口情報芸術センター、パッと見た感じは、面積だけは広いものの横長の建物が長屋かプレハブっぽくて、なんだか場末の放送局みたいである。芝居小屋としてはどうかという印象だったが、中に入ってみると、客席にかなり急な勾配が付けられていて後方座席でも舞台が見えないということはない。舞台には奥行きもあり、照明はずっと暗いままで、袖がそのまま客席に繋がっているかのように見え、狭い空間を広く見せる工夫がされている。
 今日の公演はフランスのフィリップ・ジャンティ・カンパニーによるライブ・パフォーマンス『バニッシング・ポイント』。
 待ち合いのロビーでは、スクリーンに舞台の一部を抜粋して上映していたので、携帯のカメラで何葉か撮る。歪んだ映像しか撮れなかったが、会場内は当然撮影禁止なので、これでガマンするしかないのである。

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11月20日(土)
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