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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■イノセンスな情景/『のだめカンタービレ』10巻
同僚とトンガリさんのことを話していたのだが、「結局、これって上司の『管理不行届き』じゃないのか」と憤慨される。そりゃまあ当然の怒りなのだけれども、おエライさんたちが実情を知っていて何の対処もしないというのは別に今に始まったことではない。例のホモオタさんだって、閑職に回されているとは言え、クビになっているわけではないのだ。他にも不祥事を起こした人間はいくらでもいるが、かなりこりゃ問題なんじゃないのか、と思われるケースであっても、さしたるお咎めナシ、という場合も多い。
おエライさんたちは、ともかく外面と言うか、世間体を取り繕うことばかりを優先するので、ヘタに問題のある者をクビにしてしまえば、そもそもそういう困ったちゃんたちを雇った自分たちの責任問題になってくるのである。それを避けたいがために「ことは穏便に」という方向に行くのだろうが、問題を放置しといて、それが危機的状況になった場合、どうしたらいいかってことまでは考えようとしないのだ。……だからその問題の収集に東奔西走させられてるのが我々したっぱなんだってばよ。全く、すげ替えたいクビはほかにもあることである。
ひと月くらい歯医者に行きそびれていたが、そろそろ何とかならんかと仕事帰りに寄ってみる。前にしてたツメモノを詰めて、また新しく詰め替えて終わりなのだが、そのあとどうするかはやっぱり説明なし。この先延々と詰め替えだけをしていくのかなあ。差し歯とかなんかする予定はないのだろうか。いつも治療が終わって、先生はすぐに引っ込んでしまうので、そのあたりのことを聞くタイミングを逃がしてしまうのである。
今日読んだ本、山田風太郎忍法帖短編全集4『くノ一死ににゆく』。
山田風太郎の描く女忍者はみな切なげである。忍者に与えられた使命は常に苛酷なものだが、それがくの一の場合は、男以上に失うもの、犠牲にしなければならないものが大きいからだろう。さらに哀れを誘うのは、くの一が命を賭して使命を果たしたからと言って、それで何かが報われたかと言えば、何もないことである。作者は最後の最後で意地の悪い「冗談」を仕掛けたりもする。さながらこの世界自体が壮大な「冗談」であるかのように。
読んだマンガ、二ノ宮知子『のだめカンタービレ』10巻。
パリ編のスタートだけれど、のだめはやっぱりのだめ。留学したのにアニフェス行ってどーするかね(しかしフランスのオタクって「サザエさん」のコスプレとかするんだろうか〔p.117〕)。これまでライバルらしいライバルがいなかった千秋の前に現れたモテモテ男(死語)のジャン。物語としては、これで一応、盛り上がってきちゃいるんだけど、本当のライバルは小心者なんだか大物なんだかよく分らない片平さんではなかろうか(^o^)。
天樹征丸原作、さとうふみや漫画『探偵学園Q』17巻。
さとうさんの絵、最近とみにナヨッとしてきてないかな。リュウはともかく、キュウまで絵によっては女の子に見えるぞ。トリックのチャチさはもう今更。付録に立体視カードなんかつけるのも全然意味がない。つか、カード付けてる時点で、この作者、自分からトリックをバラしてるじゃん(いくらチャチとは言え)。じゃあ、読者だってミステリーのマナーを破って、トリックを言いふらしちゃってもいいのか?
昨日買ったDVD『イノセンス』リミテッドエディションを見る。
特典映像の押井守×鈴木敏夫対談は、相変わらずの押井節が聞けて(ちゃんと宮崎駿へのワルクチも満載♪)、ヘタすりゃ本編よりも楽しかったりする。
押井監督の映画について、よく「人間の情感が存在していない」という批判がされることがある。それこそ「アンチ押井派」は金科玉条のようにこれを繰り返すのだけれども、もともと「そんなものを描くつもりはない」ことを今回の対談でも監督は強調している。「そんな人間の感情とか、一部のものではなくて人間の存在全体を描こうとなぜしないのか」と監督は憤慨しているのである。でも、なぜったってねえ、そりゃ大半の人間が、自己の「感情」を肯定することによって「癒されたい」と思っているからでしょうよ。感情に流されるの、みんな好きだからねえ。
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09月22日(水)
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