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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■爆発120%!/『カミヤドリ』1巻
 世の中には親切ごかしでこんなことを言う人がたまにいる。自分では「この人のために何かしてあげなければならない」「この人に意見ができるのは自分だけだ」と思いこんでいるのだろうが、そんなのはただの思いあがりで、実際は「そういう『親切な自分』を演じる」のが好きなだけなのである。自意識の塊のようなこういう人種にからまれると、全く鬱陶しくて仕方がないのだが、こういう手合いは天災のように忘れたころにやって来るので、関わり合いにならないでいることはなかなか難しい。私的な付き合いなら縁を切るだけですむのだが、仕事上でこんなのに関わった日には逃げることも叶わないからもう胃に穴が空くのも仕方がないのである。
 さらに悲しいのは、たまに私がそういう連中と同一視されることがあることである。私の言動を見たり、この日記の文などを読んでいれば、そういう「余計なお世話」の類が大嫌いだということが分かりそうなものなのだが。読解力がないというか、人を見る力に著しく欠けているというか、何か意見を言われただけで「干渉」だとか「強制」だとかヒステリックにがなりたてるのがそういった連中のパターンなのだが、これもそもそも自分自身が他人に意見を押しつけたいタイプだから、他人の意見が全て「干渉」にしか見えないのである。まず自分の姿を鏡で見ろってば(-_-;)。
 全く、世の中は自意識過剰と被害妄想の二種類の人間しかいないのだろうか。タメイキ。
 父は「どこでそんなウワサ聞きつけたか問い詰めてみようと思う」と言っていたが、「余計なことはしなくていいよ」と言っておく。ウワサが本人のところに届いている時点で、そのウワサはかなり広範囲に広まっていると判断して間違いはない。そんなもんのルーツをいちいち探るだけ労力のムダだし、知ったところで何がどうなるものでもない。人を蔑みたいやつは相手がどういう人間かということより蔑む行為自体を楽しみたいのである。具体的に商売上の不利益を被るとか、そういう被害がない限りは、ほっといたらいいのである。
 もっとも、そのお節介な父のお友達にはかなり本気で腹が立っているので、父はいざ知らず、私の方では今後お付き合いをすることはなかろうと思う。昔の恩義(といってもたいしたこっちゃない)と今の不快感を天秤にかけたら、やっぱ今の不快感の方が大きいのである。


 夕食は昨晩と同じで親子丼。しげは当然ドンブリめし山盛りを米ひと粒残さずに食い尽くす。4日分くらい買いこんでいた材料が二日で尽きてしまった。恐るべしビッグ・ストマック。明日のおかず、何もなくなったぞ。
 テレビで『ザ・ジャッジ 2時間スペシャル』を見る。
 叶姉妹のネタのところで「いくら姉妹でも許せないことがある」とかいうセリフがあったが、それ見て「おいおい、あんたら『叶姉妹』ってユニットで、ホントの姉妹じゃないだろう」と突っ込んだ人、多かったろうなあ。
 森光子が80歳にして白髪が全くないというのはちょっと信じられない話だが、あの舞台での活躍ぶりを見ていると、それもなんだか納得できてしまうのである。

 読んだマンガ、三部けい『カミヤドリ』1巻。
 感染症により怪物化した人間をハントするってのは基本的にゾンビものの変形であまり新味は感じられないけれど、絵柄とヴィヴィのキャラクターはなかなか好み。やっぱハードな設定の中でコミュニケーション不全の少女が人間らしい心を取り戻して……というパターンが好きなのだな。ただ、ヴィヴィはともかく、他のキャラまで表情の付け方が固いのは絵としてはやや読みにくい印象を受けた。


 早いとこ単行本になってくれないかと毎号楽しみにしている『言語』の斎藤美奈子さんのエッセイ、『斎藤美奈子のピンポンダッシュ』であるが、10月号の第22回、『信長か秀吉か家康か』と題して、小学校6年生の「社会」の授業の内容が紹介されている。
 それによると、いわゆる「ゆとり教育」の一環として、「もしなれるなら信長、秀吉、家康の誰になりたいですか」という問題があるという。斎藤さんの知人の息子さんは、その三人の誰にもなりたくなくて困ったとか(^o^)。

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09月17日(金)
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