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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■『ガンダム・ジ・オリジン』は正しい!
 毎回、アニメ版ファーストガンダムをどう料理してくれるのか、楽しみにしていただけに、ちょっと残念である。来月からの完全オリジナル『シャア・セイラ編』(こんなん入れてたら、絶対15巻くらいじゃ終わらないと思うが)の準備のためだろうけれど(「プロローグ編」と称するカラーイラストの掲載はアリ)、1章描きあげるためにわざわざ1ヶ月のインターバルを置くというのは、今更ながら安彦さんの『オリジン』に賭けている半端じゃない意気込みを感じる。トニーさんや唐沢さんのパロディマンガももちろん面白いのだけれど、やっぱり安彦さんの“限りなくオフィシャルに近い”『オリジン』版が面白いからこそ、パロディが成立するのだ。
 既にシャアとセイラの母親、アストライア・トア・ダイクン、ジオンの死後養父となるテアボロ・マスなどの新キャラクターが予告で登場している。……ああ、そうだよなあ、“そういうキャラ”がいなきゃおかしいよなあ、そしてなぜそういう“重要な”キャラが「ファーストガンダム」に登場しなかったのか、その点の「補完」もしてくれるんだよなあ。そう思うと、今まさにドキドキバクバクと高鳴っているこの胸の鼓動を、どうにも抑えることは出来ない。安彦さんはまさしく「“そこ”に至るまでの『歴史』は、『人間』が紡いで来たのだ」という事実を描こうとしているのだ。納得納得。このアレンジの仕方こそが、他の凡百の「外伝」に比べて『オリジン』をものすごく「正しいもの」にしている要素なのである。
 これまでやたらと作られてきた、外伝や年表の類を、安彦さんは「よく出来ているように見えるけれど、あれには社会も歴史もない。いついつムサイ級が出来たとかばっかりで非常につまらない」と切って捨てている。ああ、『Z』以降のガンダムシリーズの展開に私が乗れなかったのは、これが理由だったんだなあ、とようやく気づいた。それなりにその時々のキャラクターたちのドラマを描いているように見えながらも、あるいはオフィシャルとして認められながらも、それは結局「年表」に並行しただけの出来事の羅列に過ぎなかったのである(もちろん綿密な考証を行いながらの年表作りそのものを否定はしないが、やはりドラマとして消化しきれちゃいないのだ)。それじゃあどうにも「萌え」は可能でも「燃え」ることはできませんがね。
 もちろん、安彦さんが描いたからと言って、『シャア・セイラ編』が“歴史的な人間ドラマ”となり得るかどうか、絶対の保証はない。けれど、失敗すれば『SEED』になってしまう危険も覚悟の上で安彦さんはその難題に取り組もうとしているのだ。期待してもよいのではないか。
 ……それはそうと、安彦さん、早くミハル出してよ(T.T)。

 久しぶりにトニーたけざきの『ガンダム漫画』も復活したけど、『公式ガイドブック』と同時収録、というのはどういうことなんですかね。

08月27日(金)
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