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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■やっぱり「じゃないですか」はいやじゃないですか。
○一時しのぎ 13
△ひきょうな 70
「憮然」
○失望してぼんやりしている 16
△腹を立てている様子 69
「雨模様」
○雨が降りそうな様子 38
△小雨が降ったりやんだり 45
「さわり」
○話などの要点 31
△話などの最初の部分 59
「住めば都」
○住み慣れれば住み良く思う 96
△住むのだったら都会が良い 2
この調査をする前に、まず、これらの言葉を「知っているか」「使ったことがあるか」その「浸透度」自体を調査しないとデータとして不充分だと思う(どういうわけだか文化庁は、これらの言葉については浸透度を調べず、他の慣用句、「取り付く島がない」「押しも押されもせぬ」「的を射る」についてだけ、浸透度を調べている。これらの三つの慣用句については、「使わない」という回答が若者の10%を越えているが、これを多いと見るか少ないと見るかは微妙なところだ。どっちにしろ、これらの言葉も「誤用」が多いことでは有名である。「取り付く島がない」は42%が「取り付く暇がない」、「押しも押されもせぬ」は51%が「押しも押されぬ」、「的を射る」を「的を得る」と誤用していた人は54%に上る。これは意味の誤用ではなくて、言葉遣いの間違いだから、会話中、意味が伝わらないわけではない)。
いったい日常生活でどの程度これらの言葉が認識されているか、客観的に判断することは難しいのだが、なんとか類推することができなくもない。少なくとも正答率の高い、「住めば都」などは日常会話の中でも結構頻繁に使うことがあるのだろう。転勤や引っ越しの経験のない人の方が少なかろうし、これなどは「生活密着型」の慣用句と言える。
あとは軒並み誤答率の方が高いが、正直な話、どれも「聞いたことも使ったこともない」人が結構な数でいるのではないか。そういう人があえて選択肢の中から答えを選べば、例えば「檄」と「激」を取り違えて、「刺激を与える」と誤答してしまう可能性は高い。素直に「分からない」と答えた人もいるかもしれないが、なんとなく聞いたことがある、程度なら、人はこれが正答だ、というものを語感のみで答えてしまうものである。だいたい、こういう言葉を「使ったことがない」人にとっては、その言葉の意味が何か、なんて「どーだっていいじゃん」の世界なのである。なんでもかんでも「どーだっていい」で済ましてたら、その人本人が「どーだっていい」存在であることを公言してるのも同然だと思うのだが。
そういうコトバとアタマの不自由な人は別として、思い込みで誤った使い方をしている人はどうしてなのか、ということなのである。言葉は当然、「誰かが使っているのを聞いて」、覚えていくものだから、「そのように勘違いしてもおかしくない状況」が、本来の使用法の中にも存在していた場合だってありえるのではないか。
そう考えると、「檄を飛ばす」の誤用も、あながち完全に間違いとは言えないことが見えてくる。「檄文」を飛ばさなきゃならないということは、それだけ世間の人々が沈滞していて、自己主張できないでいる状況が往々にしてあるということでもある。だから、「檄文」に「元気のない人に刺激を与える」効果があることは充分考えられることなのだ。「檄」と「激」の類似による勘違いだけではない。
「姑息」についても、一時しのぎの手段を卑怯な手段として糾弾することは別におかしいことではない。三谷幸喜の『その場しのぎの男たち』の登場人物たちは、「一時しのぎ」でもあり「卑怯」でもあった。この転用は容易に起こり得るのである。
「憮然」の「憮」の字は、字面通り、「心」が「無い」様子である。本義は確かに「がっかりしてぼんやりしている」ことだが、既に転じて「不満を感じながらどうすることもできず押し黙るさま」との意味で使用される場合が多く、「旺文社国語辞典」(第九版)では、その意味も併記されている。ここから「腹が立っている様子」まで辿りつくのはもうすぐだ。
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07月29日(木)
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