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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■『キャンディ・キャンディ』が“今のところ”リメイクされない理由
 日常的な家事は殆どできない、というところが顕著なわけで、そこを考慮すれば2級かなって感じだが、金銭管理にうるさいことを考えると3級かなあ、とも思う。この1級の差で受けられる「支援」(「特典」ではない。当たり前である)はと言うと、そこんとこの詳しいところはよくわからなかった。1級、2級だと、生活保護の対象になるようだが。少なくともバスや電車の運賃や、電話料金なんかは安くなりそうである。毎月の医療費が安くなるのは一番ありがたい。
 映画料金が割り引きになるかどうかはその映画館次第だと思う(^_^;)。


 食事は「庄屋」で。昼間なのでランチがある。唐揚げにほうれん草のお浸し、肉じゃががそれぞれ小鉢になっていて、カロリー的にもまあまあ。それに肉じゃがとかは、しげがピンハネしてくれるので、食い過ぎになることもない。外食を「庄屋」だけですませられれば、カロリー計算はあまりしなくてすむのだが。
 「積文館」に寄って、本を何冊か購入、「レッドキャベツ」で水を汲む。「どうせカメの水やろ」としげは膨れっ面で車の中から出て来ない。いや、人間サマもちゃんと水は飲んでますがね。
 カメの野郎はエサの食い方が汚くて、せっかく小粒のエサを撒いてやっても、いっぺんに二つも三つも食おうとして食いきれず、ボロボロと口の端からこぼしている。おかげで水の汚れが激しくて、三日にいっぺんは水を換えないとすぐ濁ってしまうのだ。今、レッドキャベツのボトルは1.5リットル入りを四本使っているのだが、この分だともう一本増やさないといけないかもしれない。
 ……なんだかまた、しげから「カメごときに」と文句つけられそうだなあ。


 いかにもリメイクが作られてもおかしくない大ヒットマンガでありながら、未だに実現していない作品の筆頭に『キャンディ・キャンディ』を挙げる人は多いと思う。若い人にはピンと来なかろうが、『ベルサイユのばら』には「とても付いて行けない」と拒絶反応を示した男の子でも、『キャンディ』にはハマッた、という人、意外に多いのである。それは『キャンディ』が、『嵐が丘』だの『家なき子』だの『君の名は』だの、古今東西のロマン小説の典型を換骨奪胎し、大河ロマンとも言うべき雄大なスケールの中で、少女の成長を繊細に描いていった、その構成力に拠るところが大きい。
 ……いや、当然私も持っておりますとも、「愛蔵版」で(^_^;)。
 ご承知の方も多いと思われるが、『キャンディ』のリメイク、あるいはアニメの再放送が行われないのには、著作権に関わるある事件が介在している。それは、『キャンディ』の作画を担当したいがらしゆみこ氏が、原作者の水木杏子氏の許諾を得ないまま、キャンディの絵を使ったポストカードやプリントクラブ、文具など、もろもろの商品販売の二次使用を許可し、「果たしてマンガの原作者には絵の著作権が存在するのか?」という点を巡って裁判で係争することになったあの事件のことである。1998年から始まったこの裁判は、地裁、高裁判決を経て、結局、いがらし氏が敗訴することとなった。
 しかし、この件が尾を引いて、現在、東映アニメの再放送権が契約切れのため更新されていないばかりか、原作マンガも今は出版停止の状態である。このままの状態が続けば、やがて「『キャンディ・キャンディ』? それお菓子のマンガ?」なんておもしろくもない勘違いを言い出す若い人だって、いずれは現れるかもしれない。
 絵に関してのみの二次使用なら、原作者に著作権はない、としたいがらし氏の主張はいかにも苦しかったが、それを堂々と押し進めていったあたり、「うまい話」をいがらし氏に吹きこんだゴロツキがいたんじゃないか、って気はする。けれど、仮にそんな人物がいたとしても、話し合いの過程で事情は明白になっていったと思われるから、結局、裁判に持ちこまれても争うことを辞さなかったいがらし氏は、やはり「そういう人」だったのだろうと判断せざるを得ない。マンガ家が、自分のマンガを大事にしていないのは何とも哀しい限りである。

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07月23日(金)
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