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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■食えるものなら食うのだが(-_-;)。
 この映画企画自体、当初はCGと実写を合成する予定だったものが、『トイ・ストーリー』や『シュレック』のヒットを受けて、全編CGにすると企画変更、それが今回、タルタコフスキー監督が登板するとなるや、また実写とアニメーションをミックスする形に変更と、もう二転三転を繰り返している。実質的に暗礁に乗り上げてると考えた方がいいと思うがなあ。


 子宮がんで子宮を摘出したため、アメリカ人女性による代理出産を行って話題を呼んだタレント、向井亜紀の双子の子供が、法律的には実子として認められないことになりそうだ。法務省が、向井さんとその夫の子として提出された出生届を不受理とする方針を決めたからである。
 受精卵が向井さんのものである以上、遺伝子的には双子は間違いなく亜紀さんの血を引いている。代理出産を危険視して、国内での代理出産を認めていない日本の立場も理解できないではないが、生まれてしまったものはもう元に戻すってわけにもいかない。一方で親子の認定を出生地主義ではなく血縁主義を取る日本が、向井さんの子供を子供として認めないというのは、どうにも腑に落ちない。結局は、「子を産んだ女性を母親とする」というこれまでの法解釈そのものが、有名無実なものだったということだ。
 一応、そのあたりの法整備の不備も法務省は自覚しているようで、「子供の日本国籍は認める。養子とする方法もある」ということで、向井さんらに出生の経過についての書類の提出を求めているそうだが、実の子供を養子にしなきゃならないなんて、そんなバカな話があるものか。こういう小手先のゴマカシで事足れりとしようとするあたりが、クニに対する信頼感をどんどん失わせていっているのである。とっとと法を改正して、「両親の遺伝子を受け継いだものが子である」とかなんとか、認定基準を変えろって。
 向井さんは、代理出産を目指し受精卵を米国人女性の子宮に移植。昨年11月下旬に双子男児が生まれた。米国では州によって代理出産を依頼した女性も母親になれる。
 法務省によると、向井さん夫婦は米国の裁判所から夫婦が実の両親との判決を受けたという。しかし日本では、最高裁判例がある。


 長崎県の小6同級生殺害事件で、加害者の女子が作ったホームページの詩や小説を、精神科医が分析した記事が掲載されたが、これがまあ何ともお粗末なシロモノ。
 まず、HP全体の印象を「他人の目を意識した文章が多く、人に見せるために書いているようだ」と語ってんだけど、それ、全てのホームページが基本的にそういうものでしょう。逆に他人の眼を意識しなかったら、「一人よがり」って評価を下されちゃうと思うんだけど。「他人への不信感と、認められたい願望が共存し、批判にものすごく傷つきやすい印象を受ける」と分析も、11歳という年齢を考えたら、たいていの少年少女がそうである。つか、例外を探す方が難しくないか。
 同じように「傷つきやすい」少女が膨大に存在しているのに、なぜ、加害者の少女だけがあのような残虐な行いをしでかしたのか、その原因が潜んでいるであろう心の深奥に、この分析はかすりもしていない。つか、こんな底の浅い分析でいいんなら、誰にだってできるだろう。ホントにこのヒト、「専門家」なんだろうか。
 他の分析も同様で、女子の書いた「『バトル・ロワイアル』モドキ」の小説についても、「暴力的といってもどこかから借りてきたような表現ばかりで、内面の奥底が表れているとは思えない。むしろ、借り物の言葉で内面を形づくってしまったところに、危うさを感じる」だなんて、これで「分析」してるつもりになってるんだから笑わせる。この精神科医、イマドキの小学生の書いた文章、殆ど読んだことがないんじゃないか? この女子のものと殆ど区別がつかないくらい、そっくりの文章書いてるぞ? つまり、この年頃で「自分の文章」が書ける子ども、「借り物」に頼らない文章を書ける子どもなんて、皆無に等しいってことなんである。若者の「学力低下」は、知識的な問題なのではなくて、まさに内面的な問題になってるんだね。まあ、イイトシをしたオトナだって、「借り物」でない言葉をあやつれる人間ってのははきわめて少ないんだけれども。

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06月08日(火)
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