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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■手術決定&女の子の国
 それでも一年発起した気になったのか、しげ、買い物をしてクリームシチューを作る。でも鍋いっぱい、軽く十人前くらいは作るものだから、到底今日中に食い切れる量ではない。戦前の大家族かい、ウチは(-_-;)。性格が大雑把だから、微妙な加減というものがわからないのである。気持ちは嬉しいのだけれども、そもそもしげの大雑把な性格そのものを変えなけりゃ、問題は解決しない。普通の日常的な、誰でもできそうな簡単な家事だって、今のしげにはムリなのである。
 しげがきちんと家事に勤しむ姿を、いつの日にか見られるものかと期待して十一年が経ったが、私はまだ期待し続けないといけないのだろうか。


 斎藤美奈子さんの『紅一点論』をパラパラと読み返す。
 明日から『キューティーハニー』が始まるので、そのあたりだけを読み返しておこうと思っていたら、ついつい全部読み通してしまった。タイトルにある通り、特撮・アニメにおけるジェンダーを、少年少女用の「伝記」の系譜の流れから見直す、というコンセプトの評論だから、作品論とはちょいと違うのだが、作品を「男の子の国」「女の子の国」に二分化したときに、何の注釈もなく『キューティーハニー』を「女の子の国」に入れてしまっていることに、改めて首を傾げてしまった。……当時、女の子が中心で見てたのか? あれ。永井豪だぞ。まあ、後に『キューティーハニーF』と、ホントに少女向けアニメになっちゃったので、昔のアニメも、見てた女の子がいたことはいたんだろうなあ、と思いはするのだが、『F』に相当違和感を感じたことは事実なのである。
 斎藤さんは『ハニー』について、「戦うヒロイン」としてはあまりに突出していて、後続作品が続かなかった、と主張している。けれどもそれにはどうにも疑問を感じないではいられない。『ハニー』だけが浮いて見えるのは、そりゃ、テレビアニメの系譜だけで見るからで(そもそも「女の子の国」に分類すること自体、無理がある。ヒロインが女の子だから、ということであれば、あまりに短絡的な分け方だ)、昔から永井豪マンガを見続けてる立場からすれば、『キューティーハニー』は特に突出している作品でもないのである。
 永井豪の「戦うヒロイン」はもちろん『ハレンチ学園』の柳生十兵衛から始まっている。『あばしり一家』の悪馬尻菊の助、『ガクエン退屈男』の錦織つばさなど、初期の永井豪ヒロインはたいてい戦っていた。『デビルマン』の牧村美樹だって、決して守られるだけのお姫さまではなかった。『キューティーハニー』以降だって、『けっこう仮面』というトンデモナイものがあるのである。今度の『キューティーハニー』で特別出演の永井豪がハニーを見て「けっこう!」と叫ぶのは、ハニーとけっこう仮面がひと繋がりの存在であることの証拠だろう。
 私が永井豪にずっと引かれ続けていたのは、登場する女の子たちがみんな「強かった」からである。というよりも、「女の子は強い」ということのほうが私にとっては自然であった。私は女だらけの家で育ったし、私の母はいかにも「戦前の母」で、伝法で磊落、スカートなんてはいたこともないし、ゴキブリなんか平気でつぶすし、ドブネズミも素手で掴まえる、店に殴りこんできたヤクザの胸倉つかんで投げ飛ばすくらい、腕っ節も強かった。若いころはしょっちゅう竹を真剣で気合いとともに切ってたというが、戦前はそういう「強い女」は母に限らずいくらでもいたのだ。
 だからまあ、『宇宙戦艦ヤマト』の森雪が「だって古代くんが死んじゃう!」なんてブリッコしてるの見てると、私は「こいつこれでも女か?」と鳥肌が立っちゃうくらい気持ち悪く感じてしまうのである。

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05月29日(土)
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