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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■東京の夜は更けて(2)/小鹿番さんの死去と、またまたテンパる妻。
今日の第一目的は当ホームページの第2回オフ会。
少し早めに待合場所の日暮里駅に着いたので、しげとグータロウ君と連れ立って、谷中の墓地を回る。ここは夏目漱石の『こころ』の舞台になっていることでも有名で、もちろん当時のままというわけではないだろうが、広さとかなんとなくな感じを味わってみたくて前から散策してみたかったのである。
実際に歩いてみると、舗装された道路などは当然、明治の代にはなかったものだろうが、ちょっとした脇に離れた石畳の路などや、生い茂った木々の間で苔むしている墓石などに往時の面影を見出すことは充分可能であった。
幸田露伴の『五重塔』のモデルとなった塔のあとはまだ残っているが、昭和32年に放火によって消失して以来、五十年近い月日が経っているというのに、未だに再建されてはいない。礎の跡はそぞろ寂しいが、案内板に「設計図は残っており、再建は可能である」と未練ありげに書かれているのがますます物悲しい感興をそそる。
徳川慶喜公の墓は、すっかり観光地になっていて、ただっぴろい庭園の中に鉄柵があって、その柵越しに墓が覗けるようになっている。いくつも墓石が並んでいるので、さてどれが慶喜公なのやらと、キョロキョロしてたら、通りがかった地元のお爺さんと思しい方が、「回りのは側室や息子の墓だよ」と教えてくれ、コピーの図面までくれた。こういう人と触れ合えるのも旅の醍醐味である。
オフ会の参加者は、グータロウ君、鍋屋さん、ヨナさん、あやめさん、しげに私の6人。鍋屋さんは足を骨折していて、松葉杖をついての賛歌。全くありがたいことである。
会場は以前も来たことのある日暮里の怪しいトルコ料理店、続いてやっぱりのカラオケ。詳細はコンテンツの方にレポートを書くのでそちらに譲りたい。楽しい数時間を過ごして、もうちょっといろいろみなさんとお話ししていたかった、と名残惜しがりつつお別れ。もう一つ心残りは、ヨナさんにしげの腰を見て貰えたらと思っていたのだが、会場がちと狭かったので、断念したこと。急な会場変更があったので致し方なかったのだが、これでまた次の機会に上京してオフ会、という目標が立てられると思えばガックリするほどのことはないかと気を取りなおす。
みなさんと別れたあと、新宿へ移動。劇団「うわのそら」公演『水の中のホームベース』を見る。唐沢俊一さんが監修されているということで飛び込みで見に行ったのだが、話の骨子の基本は小劇場の伝統と言ってもいい『ゴドーを待ちながら』である。つまりは第三舞台の流れであって、これに三谷幸喜味をふりかけた、という印象で、悪くはないが「唐沢俊一」の名前を期待して見るとちょっと拍子抜けはするかな、という出来。恐らく唐沢さんの監修は「ギャグ監修」のあたりだろう。「不幸自慢」のギャグ部分などはモンティ・パイソンそのまんまであった。これも詳しくはコンテンツに批評を書く予定。
私は概ね満足していたのだが、しげは終始仏頂面で、一度たりとも笑わない。「つまんなくはないけど、嫌い」とニベもない。地元劇団として見ると悪くはないが、プロの芝居だと思って見ると腹が立つ、ということのようだ。けれど、怒りながらもしげ、「でも自分たちが演じてもあんなにうまくできないんだ」と言って落ちこみ、うなだれている。確かに、会話の間の取り方、畳みかけるようなテンポ、その演劇的センスは、ウチのセンスのない役者たちと比べれば雲泥の差である。でもだからって、落ちこまれてもなあ、そこで発奮してやる気出さなきゃ芝居やる意味なんてないじゃん。他人と関わることを拒否している自分を肯定してちゃ、芝居がうまくなることだってありえないんだから、そりゃ自業自得ってものなんである。
グータロウ君ちに帰ったのは、9時過ぎ。
腹をすかしたしげは、早速コンビニで買って来たおにぎりをぱくついている。
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05月01日(土)
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