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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■追加日記4/『映画に毛が3本!』(黒田硫黄)ほか
そいつは、煙突の中を下からじっと見上げるのが大好きだったみたいで、もう一つの趣味は、自分の履いてた白いズックの靴底を剥がすことだった。
8 At times it would tear out whole chapters from books, Or put roomfuls of pictures askew on their hooks.
たまにそいつは、本のページを全部びりびり破いていた。またある時は、部屋中の絵を全部、フックに斜めに引っ掛けてたものだった。
9 Every sunday it brooded and lay on the floor, Inconveniently close to the drawing-room door.
日曜日になるとそいつは決まって落ちこんで床に寝転んだ。おかげで応接間のドアが開かなくなって、とんだ迷惑。
10 Now and then it would vanish for hours from the scene, But alas, be discovered inside a tureen.
時々そいつは、何時間も姿を消していたんだけれど、嘆かわしや、見つかったのはキャセロール鍋の中だった。
11 It was subject to fits of bewildering wrath, During which it would hide all the towels from the bath.
そいつは、突発的な激情に取り憑かれてイカレちまったのか、ずっと風呂場のタオルを全部隠しちゃったこともあった。
12 In the night through the house it would aimlessly creep, In spite of the fact of its being asleep.
夜ともなるとそいつは屋敷の中をあてもなくフラフラと徘徊した。眠っているのはハッキリしてたんだけれど。
13 It would carry off objects of which it grew fond, And protect them by dropping them into the pond.
そいつは、自分の気に入ったものを勝手に持ち出しては池の中に落として保管してる気になっていた。
14 It came seventeen years ago -- and to this day It has shown no intention of going away.
それから17年が経った。――で、今日ただ今、そいつがどこかに出て行っちまったかというと ―― 実はまだここにいるのです。
最後はつげ義春の『李さん一家』である。まあねえ、誰でもこう訳したくなるだろうけれど、私もその衝動に逆らえませんでした(^_^;)。
「うろんな客」は「子供」のアナロジーだとか。イメージは5歳くらいか? でも17年が経てば22歳くらいになってるだろう。それでもまだスネカジリってのは、親もなかなか大変なことである。でもこういう「解釈」はあまり面白いものではない。それよりも、読者の誰もが恐らくはこういう「うろんな客」に関わっていることだろうことを想起して、微苦笑されればよろしかろうと思う。
黒田硫黄『映画に毛が3本!』(講談社・1260円)。
タイトルは「毛が三本足りない」という意味か、はたまた『オバQ』からか(『オバQ』が絶版なのもそのせいじゃあるまいな)。マンガ家、黒田硫黄氏が『ヤングマガジンアッパーズ』に現在も連載中の映画批評マンガコラムを集めたもので、たった1ページしかないのにその映画のエッセンスを見事に伝えていて、最近の映画批評本の中では群を抜いて面白い。
私はプロの映画評ってのは基本的にあまり信頼しないのだが(しがらみだの何だので不当に誉めてるものが多いから)、黒田さんの視点は意外と言っては失礼だが、該博な知識に支えられていて、それが静かな筆致の中に結構キツイヒトコトになって表れていて、「読ませてくれる」のである。もちろん、私と見方が必ずしも一致するものばかりではないが、それは「映画に何を見るか」の視点の違いに過ぎないので、腹立たしくはならないのだ。半可通のエセ批評とはワケが違うのである。いくつか印象に残ったものをご紹介する。
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10月05日(日)
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