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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■追加日記3/『少年名探偵 虹北恭助の冒険 高校編』(はやみねかおる・やまさきもへじ)
月の戦士であることに目覚めたうさぎは、会場へ向かい、ルナから渡された携帯アイテムでセーラームーンにメイクアップ(変身)。見事に妖魔を倒し、なるとお母さんを救う。ところが油断したうさぎにジェダイトが襲いかかる。そこに突然颯爽と現れて彼女を助けたのは、謎の人物、タキシード仮面(渋江譲二)だった……。
原作の方でもアニメの方でも、セーラー戦士中、一番人気は亜美ちゃんだったから、月野うさぎを演じることは、役者としてはちょっと損なのである。役柄を考えてみても、ドジだしワガママだしそのくせ実はヒロインで守ってもらえるし、憧れるファンもいる反面、「何であの程度の子が?」なんて反感持つファンも多い。更に、実体を持ってると、もともと「月野うさぎ」というキャラクターのファンですら「うさぎちゃんのイメージと違う!」なんて、気持ちはわからんでもないが、明らかに自我肥大かつ成長不全な文句をつけるヤツも出てくる可能性がある。下手すりゃ一昔前の悠木奈江みたく、「四面楚歌」って感じにもなりかねないので、あまりひど過ぎる演技になってなきゃいいけど、とか勝手に心配していた。
実際に見たところ、演技経験はあまりないようだが(まだ15歳だし、グラビアアイドルから始めてるみたいだから当然か)、ともかく元気なのがいい。さほど臭みがないので、これならあまり嫌われずにすむのではないか。
ゲストが渡辺典子だったり(ついにお母さん役を演じるようになったんだなあ)、桜田春菜先生役が大寶智子だったり、脇をベテランでしっかり固めてるあたり、ちゃんと若いヒロインたちを育てていこうという姿勢は基本的にありはすると思うのである。つーか、東映、今までが自分とこのヒロインを大事にしなさ過ぎてるからなあ。もう少しヒロインが引き立つ脚本家だったらとか、もちっと魅力的に撮れよ監督とか、スタッフの力不足によるところが大きいんだけど、最近は随分改善されてきてるから期待したいんだけどね。弱肉強食の世界ったって、ちゃんとエサやりゃ共食いする必要もないんだから、ハタチ過ぎるころまでに「演技のできる」女優さんたちに育てなさいよ、ぜひ。
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監督は『放送禁止歌』の著者でもある森達也。
例のオウム真理教事件のドキュメンタリーだけれど、事件関係者が殆ど逮捕されたあとなものだから、危険な雰囲気が殆どない。むしろオウムを糾弾しようとする市井の人々の方がヒステリックで狂気じみて見える。
実際、オウムの「狂気」などは人間なら誰にでも介在するもので、躍起になって否定するのはおかしいのである。事件当時、やたら「理解不能」を口走る識者は数多かったが、シンパシーを少しでも感じたら糾弾の矛先がすかさず自分に向くことを恐れて保身を図ったとしか思えない。山崎哲みたいに犯罪自体を擁護するように聞こえる言質を弄するつもりはないが、私は事件の真相が一枚一枚剥がされるたびに、「この程度の犯罪だったのか」という印象が強くなっていて、世間が騒然とするほどの大事件とは思えなくなってしまっている。
いや、大事件は大事件なのだが、犯人たちが自分たちのやってることの重大さに気づいてない、ひどく発育不全なメンタリティしか持ってないってことに対して、「幼稚な犯罪」と呼びたいのである。事件当時も空気清浄機に「コスモクリーナー」って名付けてた時点で、「こいつらただのバカだ」としか思えなくなっちゃったからなあ。
つまり、世間がオウムを叩いてしまうのは、自分の中から消えることのない「幼児性」を刺激されてしまうからで、理性のタガが外れりゃ、普通の人だって規模は小さいにしてもオウム的な犯罪はやってしまうものなのだ。それを認めたくないから叩く。みんなで叩けばそれは「正義」となる。どんなにヒステリックに叫ぼうと、誰もそれを止めなくなる。これって、まんまイジメが横行する心理構造の一つ(イジメてる方はそれが「正義」と信じこんでいる)に当てはまってるのだけれど、どう思いますかね。言っとくが、この「イジメ」の心理は事実として相手が罪を犯しているかいないかってこととは関係ないのだよ。関東大震災の時の朝鮮人虐殺の心理もこれと同じなんだから。
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10月04日(土)
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