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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■真剣に死刑/『ワイド版 風雲児たち』16巻(みなもと太郎)/『サトラレ』5巻(佐藤マコト)
 物語は天保の改革にやっと辿りついた頃だけれど、つい最近の連載だったような気がしてたのに、『ウゴウゴルーガ』ネタが頻出してるところから考えると、もう10年も前のことなのだ。
 なんでつい最近って気がするかっていうと、物語内の時間もたいして経ってないからなんだね。当時の編集部から「進みが遅い、幕末に速く行け」とせっつかれながらも、今巻ではじっくりゆっくり、天保11(1840)年から13(1842)年までのたった2年しか時間を進めていない(^_^;)。今の『幕末編』が丁度黒船来航だから、嘉永6(1853)年のこと。連載中断がありはしたが、11年しか経ってない。ほぼ1年=1年のペースじゃん。
 もちろんそれだけの時間をかけてるだけ、教科書的な知識しかないこちらにしてみれば、無味乾燥にしか思えなかった天宝の改革が、まさしく人間と人間がぶつかり合い絡み合うドラマとなって目の前に現れて来る。
 政治欲に燃え、江戸を二百年前の始原に戻そうとする改革の遂行者・水野忠邦、政的を追い落とすことにのみ腐心する醜悪な妖怪・鳥居耀蔵、精錬の士なるがゆえに陰謀の被害者となり憤死を遂げる矢部定謙、矢部の跡を継ぎ庶民の味方となる遠山金四郎景元。
 前巻から引き継がれている彼らの戦いは、とてもこの一巻でも終わらなず、次巻まで持ち越されて行くのである。


 マンガ、『サトラレ』5巻(講談社/イブニングKC・540円)。
 折り返しの作者メッセージ、「おぼろげながらラストの形が見えてきました」にちょっとホッとする。最初に面白い設定を考えつくのも作家の才能だけれど、それを面白くしていく展開を考えるのにはまた別の才能が必要になる。
 「回りに自分の思念が悟られてしまう」という主人公たち「サトラレ」の設定は確かに抜群に面白い設定なのだが、それが現実の世界の中でどのように受け入れられていくかということについて、リアルな展開を創案していくのはかなり難しいことである。自分がサトラレだと自覚してしまえば、白木重文や木村浩のように「島」で暮らすしかなくなってしまう。「人間」として生きることを自ら拒絶せざるを得なくなるのだ。いかにサトラレが天才だとしても、そのような生き方しかできない人間を「なんとか」することはできないのか? という疑問に対する答えを、作者はその場その場でシミュレーションしながら模索していったフシがある。
 その答えの一つが、「サトラレ抹殺」を企む山田一郎教授であったわけだが、もう一つのキーワードになりそうなのが今巻初登場の「サトラレでなくなったサトラレ」星野勝美である。
 「今日、病院に来る前に妻とケンカしましてね、ささいな互いの勘違いが元でのくだらない、サトラレなら起こりえないケンカです。私にはそんなくだらないケンカがたまらなく楽しいんです」
 不必要なケンカをしたいなんて人間は早々いないだろうが、人と人とが関わればそこに諍いのタネが生まれないはずはない。星野夫妻はそのささいなケンカかがもとで、離婚、自殺未遂の危機まで起こす。それでもなお、お互いの心が掴めない、「サトラレでない」生活の方を望むのだ。星野の述懐が正しい答えだというわけではない。「サトラレを守ろう」としてきた委員会の人々は、彼が言うように「サトラレの才能」だけに注目して来たわけではないのである。物語は未だにアンビバレンツの中で、明確な答えを見出せているわけではない。それがライトでソフトな描線で描かれているにも関わらず、この物語に大きな「重さ」を与え続けている。
 それを、「サトラレのいない世界」にいる読者がどう受けとめるか。このシリーズの「物語」の持っている意味を考えるヒントがそこにあると思うのである。

09月26日(金)
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