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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■文化の分化/『浪花少年探偵団』(東野圭吾・沖本秀子)/『探偵学園Q』12巻(天樹征丸・さとうふみや)
 Web現代の「あなたとわたしのGAINAX」、摩砂雪インタビューの第2回「アクションの血」、全くガイナックスの方々の発言というものには意気軒昂なものがあるのだが、今回も摩砂雪さん、ハリウッドのCG技術について、「やつらはセンスがない。なんか日本の物真似をやっているけど、演出の詰め方ひとつとっても職人根性がない」。とか、ハリウッド作品への日本のアニメの影響についても、「まっ、いいんじゃないの。好きでやってるのならば。ただ『マトリックス』をつくっている人たちが好きなアニメーションってのは、俺があんまり好きなアニメーションじゃないんですよね」とか、「アクションの真髄をわかってないんですよ。アメリカのような多民族が集まっている国だと、どうしても統一性を持った文化の様式がない分、そこから凝縮されて生まれてくるかっこ良さが出てこなかった」とかもう、言いたい放題である。
 でも実際に的をちゃんと射てると思いませんかね?

 ハリウッド映画を擁護する人たちは、やたらアチラの作品は「エンタテインメントのセオリーに則ってる」ことを強調して誉めるけれども、別にそんなのは当たり前のことなんで、そのセオリーの上に何を積み上げていけるかってのが職人芸なわけよ。則ってるだけで、あとは全部同じ印象のバカ映画にしかなってないのは、その「積み上げ」がないから。みんな似たような「肌合い」になっちゃってることに気付かないらしいのが私にはフシギで仕方ないんだが。
 まあ、なんでも「最初に見た映画」は面白く感じるものだからね、そういうのを初めて見るような若い人がハマっちゃうのはもう仕方ないと私も諦めてるんだけど、これまでそれなりに映画やドラマを見てきてるんじゃないかって思うようないいトシしたオトナがさ、『マトリックス』あたりに群がっちゃうというのはどういうことなのよ? あれの何をどう面白がれというの? 「まあまあだね」ならまだしも、本気で感動したりしてるの見ると、もう「文化」とか「伝統」というものはこの国からなくなってくのかと暗澹たる気分になるよ。
 時代は移り変わるものだ、というのは確かにそうなんだけれども、何かが全くの別モノに変わってしまうということはそうそうない。映画のルーツはたかだか百年だ。百年前の映画に、最新の映画のルーツを、そのプリミティブなスピリットを見出すことは充分可能である。もちろん、全ての映画を見るなんてことはかなわないまでも、ある程度の名作、傑作、駄作を追うことは決して不可能なことではない(ここで「駄作」だって見逃してはならないってとこがポイント)。ヒマツブシにテレビを眺めてたって、そういうものを眼にする機会はいくらでもあったと思うんだけれども、それを殆ど見逃してきて、そのくせ「なんとかって映画はいいですよね?」とか言われても困るのよ。
 「伝統」とか「文化」ってのは、当然、前の時代のものが基盤になって、そこに新しいモノが積み重なったり入れ替えられたりしてじわじわと変化していくものである。自分たちのルーツが目の前に転がってるのに、それからあえて眼を背けちゃうってのは、まさしく「文化の否定」だし、結局は自己否定にしかならんのだけれどもね。

 まあ、摩砂雪さんの意見には頷くところ大なんだけれども、やっぱり「じゃないですか」を乱発した喋りはどうもねえ(~_~;)。まあ私はそれを全部「なんですよ」とかに置き換えて読みましたが。


 体調は少し回復してきたけれども、まだまだ仕事のノリがイマイチよくない。
 疲れて帰宅したあと、気になる用件が一つあったんで、私用の電話。まあ詳細は書けないんだけれども、正直な話、悲しくなるような会話であった。「迷惑かけてないと主張してる人間が実は一番迷惑かけてることに気づいてない」ってことを証明してるようなもんなんだけれど、相手からは私の方がモノが見えてないように見えるんだろうなあ(T.T)。そうでないことを証明しようと思えば、いろいろ相手に支障の出てくることでもあり、それが本来の目的でない以上は、こちらが引き下がった方がよかろうなあとながなが喋った上で結論。



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09月25日(木)
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