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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■劇団の激談/『美女で野獣』3巻(イダタツヒコ)/『バジリスク 甲賀忍法帖』2巻(山田風太郎・せがわまさき)
 こういう話を聞くにつけ、「人権思想」の弊害ってのはやっぱりあるよなあ、と思ってしまう。相手が何人か聞くなんてことは、もちろん差別でもなんでもないのだが、「誰かが差別だと言い出すんじゃないか」という恐れが逆に「壁」を作ってるんなら、そっちの方がよっぽど差別だろう。
 厳密に言えば、人間と人間の関わりなんて、相手のことが完全に理解できることなんてありえないのだから、どうしたってそこに「偏見」は混じる。人の言動を差別だと決めつけようと思えば、全てが差別になっちまうのである。
 「で、聞いてみたいの?」
 「聞いて相手が気を悪くしたら、一緒に仕事しにくくなるじゃん」
 「聞く必要が絶対あるの?」
 「絶対じゃないけど」
 「だったら答え出てるんじゃない」
 初めからしげが本気で相手に国籍のことを聞いてみる気がないことは解りきっていたので、どうしても返事はつれなくなってしまう。自分で答えを出していることを人に聞くというのはそれこそシツレイの極みだと思うが、自分の行動を決断するのに、あと「ひと押し」がほしいのだろう。
 でもその「ひと押し」のあとでトラブルが起きたりしたら、すぐこちらに責任転嫁してくるのが目に見えてるから、私も愛想よく返事をする気になれないのである。
 ……短く書いてますけど、この手の話でそこに3時間くらいいたんですよ。思えらく、「人権思想」って、平等を謳ってるんじゃなくて、「出る杭を打つ」ことしかしてないんじゃないですかね。藤子・F・不二雄さんが『征地球論』で喝破したごとく。


 マンガ、イダタツヒコ『美女で野獣』3巻(小学館/サンデーGXコミックス・560円)。
 1巻のころに比べると結構絵がうまくなってきたかな。大胆なアングル・構図も取れるようになってきたし、線に「伸び」が生まれてきている。なんだかんだ言って「女闘美」モノでは一頭地を抜いてるんじゃなかろうか。他にどんな「女闘美」モノがあるかはよく知らんのだが(^o^)。
 まあよくわからんが米軍基地とのチアガールファイトは面白かった。敵の3人がバブルスとバターカップまではいいとして(いいのか?)、3人目がキャメロンなのはよくわからんが。それとも実は3人目のブロッサムは4巻のお楽しみなのだろうか。
 カバーをめくって、表紙のマンガも楽しみましょう。


 マンガ、山田風太郎原作・せがわまさき漫画『バジリスク 甲賀忍法帖』2巻(講談社/アッパーズKC・560円)。
 戦慄の走るマンガというのはこういうのを言うのかなあ。
 いやもう、甲賀弦之介の「瞳術」ですよ。いや恐ろしい。山田風太郎の小説を「こういう形」で視覚化できるとはねえ。これ、アニメや特撮にしたら、ただ眼をピカッと光らせるだけっておサムイ映像になっちゃうんだろうなあ。って、それ、『魔界転生』じゃん(^_^;)。
 この弦之介の「瞳術」対朧の「魔性の眼」、発想は「もしもメデューサとゴーゴンが見つめあったら?」ってなあたりにあるんじゃないかと思うけど、そこに「ロミオとジュリエット」を重ねちゃうのが山田風太郎の非凡なところ。
 何がイイかってさ、「家同士が本気で戦争やってる最中に何を色恋沙汰でゴチャゴチャやっとんねん」という現状認識の甘さというかフヌケた展開が、山田風太郎にはないのだ。その点、本家『ロミオとジュリエット』より、『ウェストサイド物語』より『甲賀忍法帖』のほうが格段に凄惨かつ冷徹なんである。人間、「恋」をするならこれくらいのモノをしなきゃなあ、と思うのは、「地獄」を見たことのない甘ちゃんの発想なのかもしれないけどね。
 だからこそ、この2巻でのラストのアレがまた……戦慄するのよ。
 「究極の愛」を描かせて、谷崎潤一郎を越えてると私が思った作家は、実は江戸川乱歩と山田風太郎の二人だけなんである。
 まだ原作読んでないアナタ、人生ゼッタイ損してるぞ。

09月21日(日)
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