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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■狂熱の一夜/映画『南の島に雪が降る』/『C級さらりーまん講座 付和雷同編』(山科けいすけ)
監督は一時期『パレットナイフの殺人』『蝶々失踪事件』ほか、ミステリの佳作を多数作った久松静児。時代ものから文芸ものまで手がける職人監督である。脚本は『若大将』シリーズの笠原良三。東宝としては手堅い人を加東さんのために用意してくれたというところか。
解説がなぎら健壱さんなのだけれど、凄いキャストが揃ってると語る通り、当時の東宝映画の名優、喜劇人が勢ぞろいという雰囲気である。
伴淳三郎・有島一郎・西村晃・渥美清・桂小金治・森繁久彌・三木のり平・フランキー堺・小林桂樹といった人たちがそれぞれに「一芸」を披露してくれるのだから、これが面白くならないわけがない。
ところが、なぎらさんは「フランキーさんのピアノのシーンは長すぎて映画を壊してる」と言い切っちゃうんだから手厳しい。それ言ったらマルクス兄弟映画のチコの一本指ピアノも、ハーポのハープシーンもムダって言われそうなんだけど。
個人的に嬉しいのは有島一郎の篠崎曹長が披露してくれる博多にわか。にわか面付けていきなり演じ始めるけど、何の説明もないあたり、昔は博多にわかも全国区的な知名度を持ってたんだろうなあ。今はねえ、博多の人でも、若い人になるとナマの博多にわかは見たことないって言う人、増えてるんだよね。
知ってる人は多いと思うが、この篠崎曹長のモデル、小林よしのりのお爺ちゃんである。『戦争論』のどれだったかにそのエピソードが載ってたんで、興味ある人は探して読んでみてみることをオススメする。思想がどうのじゃなくて一エピソードして面白いんでね。有島一郎に自分を演じてもらえて、ご本人もきっと嬉しかっただろうな。
しげがラスト近くで風呂に入って、結末は見なかった。なんだもったいない、と思っていたら、上がってきて、「ねえ、みんな死んだ?」と聞いてきた。
「死んでるわけないやん! 加東さん、戦後まで生きてたろ!?」
「じゃあ、何人生き残ったと?」
「3千人生き残ってるよ!」
どうも戦時中、島にいた人は全員玉砕したとか思ってたようなのである。やっぱ「知識として」戦争のことはもっと詳しく、学校で教えたほうがいいよなあ。
昼どきは、ずっとビル爆発のニュース見てたけど、細かい情報は明日にならないとわかんないだろうから感想は明日の日記に。
しかし休日だけでなく、平日にこうしてリアルタイムでニュース見られる生活ができる人はうらやましいよなあ。
先週だったか、某掲示板に福岡関連の書き込みがあって、なんか間違ってること書いてるなあ、と思ったのだが、今度は「天神は福岡だ」とかなんとか、適当なことが書かれている。しかも同じ人だから、この人は本当に福岡・博多のことを何も知らないらしい。
いや、それだけなら間違いとは言えないのだ。地域的に那珂川の西側に「今の」天神地区があって、間には「福博出会い橋」なんてのまでがかかってるから。ただ、その人が「あんなとこ(天神)と博多を一緒にするな」と博多の人間が思ってる、と書いてるところが大間違いなのである。
前にも書いたが、もともと「福岡」という地域は博多にはなかったのである。黒田氏が居城を構えた時に地名を移殖した(実を言うと、その時点では博多の海岸線はもっと南にあって、今の天神地区はほほ全部が海だった。従って、厳密に言えば天神は福岡でも博多でもない)。「博多湾」という言い方からして、全体が博多だった、ということに気づいてもよさそうなものなのだが。「博多」の語源の一つに、「羽形」=「鳥が羽を広げている形」という説もある(俗説だけど)。つまり今の福岡地区も含めて、もともとは全部が、「博多」であったわけ。
「天神」はもちろん、太宰府天満宮の菅原道真を祭神としているので、「福岡」よりも歴史は古い。道真公が一時、今泉に立ち寄って、それから大宰府に移られたので、そこに「水鏡天満宮」(つまりそこが当時の海岸線だったのである)を建てたのがその始まり。もともと博多の神様なのだから、「あんなとこ」なんて博多んもんが思うはずがない。
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09月16日(火)
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