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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ネットではみんな「役者」だ/DVD『恋人よ帰れ!わが胸に』/映画『ゲロッパ!』
 13章の“Indian giver”、最近の英語事情には(もちろん昔のにも)詳しくないけど、この「インディアンの贈り主」、差別語には引っかかってないのかな。アメリカの俗語で「贈った物をあとで取返す人」「返礼を期待して贈り物をする人」という意味があるそうである。なんか聞いたことあるなあと思ったらアレだ、かんべむさしの『ポトラッチ戦史』。
 ※「ポトラッチ」(potlatch)〔チヌーク語で「贈与」の意〕北太平洋沿岸の北米インディアンにみられる贈答の儀式。地位や財力を誇示するために、ある者が気前のよさを最大限に発揮して高価な贈り物をすると、贈られた者はさらにそれを上回る贈り物で返礼し互いに応酬を繰り返す。(大辞林第二版)
 劇中では、ジュディ・ウェストがいけしゃあしゃあとレモンに近づくのを皮肉ってますね。

 このペテンが最後にどうなるかってオチが今一つスッキリしないところがドラマとしては恨みはあるんだけれども、必ずしもハッピーエンドにしないところがワイルダーらしいと言えば言えるのかな。


 夕方、しげとよしひと嬢と博多駅で待ち合わせる。先週は前売券をウチに置き忘れてしまったが、今日はちゃんと持ってきていた。よしひと嬢の分はポイントカードが溜まっていたのでタダ。
 開演時間まで時間があるので、オムライスの専門店で食事しながら駄弁り。

 いよいよ公演が近づいているのだが、練習の方、なんだか煮詰まっているようで、よしひと嬢が愚痴ること(^_^;)。
 芝居作ってるときに、段取り通りに行くってことはまずない。たいてい何かのアクシデントが起きる。いや、不慮の事態ならばともかくも、誰か一人でも「やる気あんのかテメエ」といった態度を取るヤツがいると、空気が殺伐としちゃうんである。誰とは言わんが穂稀嬢のことな(^o^)。
 話によれば、演技がうまくいかないと、すぐに「そんなのできませーん」とか駄々をコネちゃうらしい。……わしゃそんなに演技し難いようなムズカシイ脚本書いたっけ。(^・^;) ?
 穂稀嬢がもともと不器用で無知でワガママのはわかってんだから、それを前提にして使うってのも演出の一つなんだがなあ。「そんなことないよできるよ!」って類のハゲマシは、「今はできてない」って責めることになっちゃうから禁句。下手でも「いいねえ、今の。もう一回やってみようか?」と聞いてやらせてみる。するとまず十中八九前の演技と違ってくる。どう違ったかそこで自覚させると伸びる。そういう手もあるのだ。
 でも本番になると役者ってものは意外に何とかなるものである。それに台本渡した以上は、作者ってのはもうそれをどう弄くられようが文句を言っちゃなんないものだ。
 仮に穂稀嬢の演技が眼も当てられないものだったとしても、演出次第ではそれが芝居として成立してしまうのが舞台の不思議なのである。

 よしひと嬢の言動については、日記でも結構突っ込んだところまで書いてるので、気にしちゃいないか、もしかしてかなり立腹されたりしてはいないかと思っていたのだが、「何でも書いていいですよ」とありがたい言葉を頂いてホッとする。
 実のところ、ネットにおいてその人のことを誉めたか貶したかってのは、受け手はあまり忖度する材料にはしていないものだ。感想も批評もそれは書き手の勝手であって、受け手が見ているのはあくまで紹介したその人のナマの思想なのである(そのことに気づいていない受け手も多いみたいだけれど)。その点で言えば、よしひと嬢の思想・信条については、かなりヤバいところまで私は紹介してしまっている。それを知ってなお「いくらでも」と仰る彼女の度胸には、素直に感嘆しているのだ。
 もちろん、彼女のキモが座っているのは、もともと「役者」だからなんであって、普通の人にそれを要求することは、本来酷なことである。私も誰彼ナシに人のコトを突っ込んで書いているいるわけではない。

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08月30日(土)
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