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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■ムダじゃムダじゃ/『フラッシュ! 奇面組』2巻(新沢基栄)/『ぼくんち 全』(西原理恵子)/『ねらわれた学園』(眉村卓)
 「ふーん、で?」
 「……」
 会話相手の知識を随分低く見積もってると思われるかもしれないが、仮にこれが「知ってる」であっても状況はあまり変わらないのである。
 逆に「『十分』の読み」でも、「最近の若い子って、『十分』の読みも知らないんだよ」と口火を切れば、コミュニケーションの道具に使えないわけではない。
 もちろんそこまで番組が「演出」してやる必要はないし、そもそもコミュニケーションの仕方を覚えましょう、というのが主眼の番組ではない。こういうトンチンカンな批評が出てくるあたり、やっぱり「ムダでない知識の方がエラい」、と思いこんでる御仁の方が世間には多いのである。ムダはムダだからこそ意味があると思ってる人も多いと思うんだがなあ。


 『ひょっこりひょうたん島』のキャラクターで、NHKのテレビ放送50年キャラクターであるドン・ガバチョの声を、先月亡くなった名古屋章に代わって栗田貫一が演じることになったというニュース。
 作者の井上ひさしの推薦ということだけれども、ルパン三世の時と言い、いらぬプレッシャーばかり与えられて、ちょいと気の毒な気がしないものでもない。役者の立場から考えれば、こういうオファーがあったら、これはとても断れない。叩かれることを承知で引き受けざるを得ないのである。それは名古屋さんが藤村有弘さんの跡を継いだ時も同様だったと思われる。
 実際、栗田さんのルパンの声、批判は多いがそれほどひどくはない。山田さんにしたところでよかったのは初期のルパンのときくらいのもので、『カリオストロの城』だって、クラリスとのやりとりなんか臭い部分が目立つ。何度か書いてるが、栗田さんより山田さんの方が上なんてのはただの先入観だ。
 問題なのは「似た声を」と発想する製作者側のほうなんで、藤村さんと名古屋さん自体、声質が全く違うので、この際、新しいイメージの役者さんを探してもよかったんじゃなかろうか。だって、このまま行くとトラヒゲの熊倉さんが亡くなったら、それも栗田さんにさせるのか、若山弦蔵、楠トシエ、中山千夏、堀絢子各氏、全員、栗田さんにやらせるつもりか、ということになってしまう。バカボンのパパだってもう三人もいるのだ。製作者も視聴者も擦りこまれたイメージに拘らず、「役者の演技」を見て評価してほしいものなんだが。


 しげがまだ『プリンセスチュチュ/雛の章』を見てなかったので、最後までぶっ通しで見る。しげは滅多に作品を誉めないので、ドキドキものだったのだが(つまんないものを見るとヤツアタリされるので困るのだ)、最後まで気に入ったようで助かった。
 そうだよなあ、もしもアレがアレになっちゃってたらアレと同じだもんなあ。アレがアレのままだったからアレはよかったのだ。毎度のことですが、ネタバラシにならないように書くと何が何だか分らんのだけど、そこんとこはどうぞ御容赦。

 もともと今日はしげの仕事が休みだと聞いていたので、『チュチュ』を見終わったあともDVDマラソンをするつもりだったのである。ところが見終わるやいなや、急に「仕事に行く」と言い出してしげは支度を始めた。
 「休みじゃないのか?」と聞いたけれど、「今日は人出が足りないから」とのこと。何だかいたたまれなくなったらしい。
 こういうところを見て「奥さん、優しいじゃないか」とか誤解してはいけない。単に「自分だけが楽をしてるんじゃないか」という思いがプレッシャーになって、不安になってるだけなのである。でもこれが決してワーカホリックなわけではないから(家事はしないんだからとてもそうは言えない)、要するに心のバランスが取れてないだけなのである。
 家でやることと、仕事でやれること、どちらにも限界はあるんだから、もちっとアタマを使えば自分自身のプレッシャーからも解放されると思うんだが、どうしていつまで経っても学習しないのかね。


 夜、チャットで鍋屋さん、あやめさんと。

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07月25日(金)
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