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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■日曜の昼は出たくないね/DVD『悪魔くん』vol.1/『ワイド版 風雲児たち』14巻(みなもと太郎)ほか
 しかし、40年近く前の作品だから仕方ないんだけれど、出演者の殆どが故人というのはさびしい。金子光伸(悪魔くん)、メフィスト兄(吉田義夫)、メフィスト弟(潮健児)、ファウスト博士(浜村純)、みなさん鬼籍に入られてしまった。その当時の思い出を語れる人も少なくなってしまった。
 せめて10年前に、ムック本とか作ってほしかったなあ。


 DVD『猫の恩返し&ギブリーズ episode2』。
 見返してみたけど、やっぱよくできてるわ。結局、評論家連がみんなこれについてトンチンカンなことしか言えなかったのは、「少女マンガ」がどんなものか全くわかんなかったからなんだろうな。「底が浅い」とかなんとか、少女マンガに底なんてもともとないわい。でもやっぱり池脇千鶴のやたら裏返るようなセリフ回しはちょっと気になった。


 マンガ、みなもと太郎『ワイド版 風雲児たち』14巻(リイド社・680円)。
 シーボルト事件から大塩平八郎の乱まで。年代で言えば1826年くらいから1838年くらいまでだけど、ワイド版になっても1巻で12年しか経ってない。そりゃ幕末まではよう行かんわな(^_^;)。「幕末」ってのは一応、黒船来航の1853年からってことになってるから、なんだあと15年じゃん、って感じだけど、この間にまたいろいろと事件が起きまくるんだよね。高野長英と渡辺崋山だけで何巻費やすことか(^o^)。まあ、それについては次巻のお楽しみ。
 史実の大塩平八郎という人は、史料を読む限りではマジメが行き過ぎちゃったような人で、あまり私とはソリが合わんような気がするのだが、戦前までは理想主義者・革命思想者の典型として憧憬の的だったようだ。
 映像化の歴史を見ても、目玉の松っちゃんこと尾上松之助が『侠骨男児 大塩平八郎』(明治43年)と『大塩平八郎』(大正3年)と二度に渡って主演しているし、片岡千恵蔵も『風雲天馬草紙 第一・第二篇』(昭和5年)で大塩に扮している。
 これが戦後になると、歴史もののエピソードでチラッと出演することはあっても、大塩一本立ちの映像化となると、嵐寛寿郎主演の『風雲天満動乱』『続風雲天満動乱』(昭和32年)くらいしか見当たらない。
 まあ『風雲児たち』も別に大塩一人にそんなにページを割いているとは言えないのだが、歴史の教科書にちょろっと出てきた「知行合一」思想をきちんと紹介してくれているのはエライなあと思うのである。
 現代日本人の思想体系はもういろんなものがゴタマゼになっててワヤクチャになっているのだが、それでも未だに消えずに残っていてその根幹を成していると言ってもよいのが安藤昌益の「自然生」と大塩の(とホントは限定はできないんだけどね。陽明学の基本思想だから)「知行合一」だと思うのである。まあやたらと「労働の純粋性」を訴えるやつとか、「不言実行」を理想的に語るやつっているでしょ。ウチのオヤジだ(^_^;)。
 好き嫌いは別として、「こんな人が我々日本人の思想体系を作っていったんだなあ」ということ、これが今一番簡単に読めるのが『風雲児たち』シリーズだと思う。こういうマンガがもっと増えりゃいいのにねえ。


 マンガ、倉田真由美『だめんず・うぉ〜か〜』5巻(扶桑社/SPA!COMICS・900円)。
 ちょっと気になったんだが、45ページに「自分の女に『特殊な好み』を押しつける男」ってのが出て来てるけど、ここで描かれてるヘアスタイル&メイクって、もしかして『謎の円盤UFO』とか『怪獣大戦争』の宇宙人女のイメージじゃなかろうか。いやまあ、ゲイ・エリスや波川女史が美しいことは認めるが、ああいうスタイルの人が側にいたらフツーはちょっとコワイと思うんすけど。
 自分の彼女にコスプレさせたがるという感覚が私にはイマイチ湧かないのだが、しげになんかさせるとしても「キグルミ」しか思い付かんのである。セーラー服とかナース姿とか、まずもって似合わんし、ましてやプラグスーツなんぞ着られた日にゃあ、性欲よりも殺意を覚えるのは間違いない。じゃあ、ネコとかピカチュウになったしげには欲情するかというとまあそれも絶対にないのである。……コスプレさせる意味、ないよな。
 ほかに特に感想はありません(^o^)。

07月06日(日)
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