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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■今年も涙の雨が降る/アニメ『高橋留美子劇場・Pの悲劇』/『探偵学園Q』11巻(天樹征丸・さとうふみや)
七夕だけど曇天。でもってまた午後から雨である。
今年も灑涙雨(さいるいう)なんだねえ。
以前も書いたが、七夕に雨が降ると、牽牛と織女の二人は天の川が氾濫して会えなくなってしまう。だもんで、悲しみのあまり、涙を流す。で、七夕に降る雨のことをこう呼ぶのである。
ちょっと恥晒しな話であるが、昔、私はこの「灑涙雨」って字をうっかり「催涙雨」と書いてて、その間違いに全く気がつかなかった。これは「洒涙雨」とも書くのだけれど、「灑」も「洒」も「そそぐ」と読むのである。『奥の細道』にも「前途三千里の思ひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の涙をそそぐ」って文があったね。意味は「涙を流す」ということ。これが「催涙雨」だと、「涙をもよおす」になってしまうんだよねえ(^_^;)。オシッコじゃないってば。ああ、恥ずかしい。
牽牛と織女が天の川を渡るときには、「鵲(かささぎ)」という鳥が、群れを成して二人のために橋を作るのだそうな。
この「鵲」(別名カチガラス)という鳥はカラス科なんですね。腹の部分だけ白くて、全体は尾の先まで黒い。白い天の川に黒い橋が架かることになるわけで、ホントにかかったら白と黒のコントラストがさぞ美しいことでしょうねえ……って、夜だから見えないんじゃないか(^o^)。古代中国人は多分、天の川のところどころにあるオビのような「隙間」を「鵲の橋」に見立てたんでしょう。
昨日見た『猫の恩返し』のカラスの群れのシーン、ここらあたりにアイデアのルーツがあったりして(『長靴をはいた猫』はハトだったしねえ)。
この鵲の架ける橋は、和歌にも詠まれている。
一番有名なのは、百人一首にも採られている中納言大伴家持の歌だろう。
かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける
(宮中の御階は、天の川に鵲が渡した橋みたいに黒いのやけど、そこに霜が白う降りてごっつキレイやってん、つい見とれてるうちに夜が更けてしもうたがな)
この「かささぎの渡せる橋におく霜」を「天上に白く輝く天の川の星々そのもの」、と解釈する説があるけれど、さっきも書いたとおり鵲はほぼ黒い鳥だから、そこに星が輝いてるって情景がどうもピンと来ないんだなあ。それとも腹の白い部分を「星」に見立てたのか。
家持の歌自体は非常に美しいのだけれど、私が好きな「鵲」の歌は、実はこの歌をパロッた、壬生忠岑による本歌取りの方。こっちはあまり有名じゃないんだけどね。
出典は『大和物語』125段。
忠岑は泉大将・藤原定国に随身として仕えていた。ある夜定国は、酒宴の帰りに酔っぱらった勢いで、左大臣藤原時平の屋敷を真夜中だというのにいきなり訪ねる。「オラオラオラ、開けんかい! 泉の大将のお出ましや! ……ひっく、うぃ〜」「な、な、なんや一体!?」
当然、時平はビックラこいて、「どこの宴会のついでに寄ったんや、ワレ」と大激怒。そこへ壬生忠岑がヒョイと出てきて、「まあまあまあ」となだめる。
「わしの歌でも聞いて、機嫌なおしてくれまへんかなあ」
かささぎの渡せる橋の霜の上を夜半に踏み分けことさらにこそ
(天の川に架かる鵲の橋かて、一年に一度わざわざ架けますのんやで、こないな寒い夜に、霜踏みながら来たのに、ついでっちゅうことがありますかいな)
時平はプッと吹き出して、すっかり機嫌を直し、夜明けまで酒宴を張ったとか。この歌、定国が牽牛だとしたら、時平はなんと織女にたとえられたわけで、こりゃ笑うのもわかるよねえ。昔のことだからホントにそんな関係だったりして(^o^)。しかも詠んだ忠岑自身は自分を「仲人」役の鵲になぞらえてるんだから、結局は自画自讃。チャッカリしてます。
それにしてもここ数年、七月七日がハレだった時ってあまり記憶にないんだが、もしかして牽牛と織女さん、もう何年もセックスレスなんだろうか(^o^)。
牽牛くん、ほんのちょっとでも晴れ間を見つけたら急いで天の川渡ってコトに及ばないと、「もっとラテンな結婚がしたかった」って、織女に愛想つかされちゃうぞ♪
職場には毎年なぜか笹が飾られる。
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07月07日(月)
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