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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■私は多分ちょっと本気で怒っている/『放送禁止歌』(森達也)
と言っても、私は学生で貧乏で、とてもSF大会に参加できる余裕はなく、アニメ誌の記事を見ては、「ああ、自分たちよりちょっと年上の人たちがアマチュアなのにこんなスゴイことやってるんだ」と、「DAICON3&4」のOPアニメーションの趣味っぷりに感激していたものである。
既にこのフィルム自体もSF大会などごく限られたイベントでしか上映されなくなっているので、「幻」と言ってもいいと思うが、オタクという言葉が発生する以前の、「アニメファン」の原石の輝きのようなものがアレにはあった。「美少女とメカ」はもちろん性のメタファーではあったが、何かまあ、そこに我々はアマチュアならではの「純」なものを見出していたのだ……と思う。
と、言葉を濁さねばならないのは、その象徴として「吾妻ひでお」という、その「純」なもののウラにしっかりナニな部分を内包したキャラクターを使用していたということがあるのであるが。
実際、イマドキの若い人に「あのころの吾妻ひでおは『最強究極絶対不滅純情可憐聖俗合わせ持つ美少女』を描いていたのだ」と言っても信じてもらえないかもしれない。
ま、それはさておき、武田さんの「権利」に関する話はためになるし(『王立』も『ナディア』もガイナックスが権利を持ってないってのには驚いた)、ゼネプロからガイナックスへ至る険しくも楽しい道程は、これまでいろいろ書かれてきたものを思いだしながら読むとある意味感動的ですらある。
けど、私が一番ツボにハマったのは次のくだり。
> もちろんキャラクターは売りたい。しかし、いかんせん、そのう、なかなか難しいんですよ。たとえば今“萌え”の路線が流行っているからといって、そういう作品がガイナックスでつくれるのか。何回挑戦してもそれは無理だろうと。妹が何人も出てきて「お兄ちゃーん」とかいっている作品を、ウチがつくれるかというとそれは無理だと思います。
(中略)
> 山賀なんかは「王立宇宙軍」に出てきたリイクニが美少女だと思っていたくらいで、感覚はずいぶんあやしい。「おまえそれはないだろう」(笑)。確かに乳は揺らしてましたけどね。「トップをねらえ!」でも、最初はずいぶんと乳を揺らしている女の子が出てきましたけど、結局山賀がつくった作品の世界に監督の庵野がのめりこんで、とてもハードなSF作品になった。あの作品の場合、そのバランスで絶妙に面白くなった。作品をつくるということはそういうことだと思うんですよ。会社としてこの路線で行く、と考えても結局つくりたいものしかつくれない。
「アヤナミは萌えキャラちゃうんか」、というツッコミは妥当ではあるまい。一見かわいらしいキャラデザインの美少女になら誰にでも萌えるファンにとっては『エヴァ』のキャラも『シスタープリンセス』や『らいむいろ戦記譚』の妹キャラも全部いっしょくたなのかもしれないが(でも本当に「妹ブーム」なんてあるのか)、やっぱり「背負っている物語」が違うのである(設定の多寡ではない)。
陳腐な言い方になって申し訳がないのだが、「ドラマ」ってのはそこに「人間」がいなきゃどうしようもないのだ。「人間が描けなければドラマにならない」というのは否定のしようがない事実なんで、そうでないアニメや映画に魅力は生じない。ドラマのない作品にも魅力があると思っている人たちは実は作品以外のものを見ているので、それは全然作品を誉めてることにはならないのである。
も一つ笑ったのが、注釈に付いてた「萌え」の解説。
> 『萌え』
> '90年代中盤から後半にかけておたく文化の中で生まれた用語。誕生当時は漫画やアニメ作品、ゲームなどにおける少し変わった、「なにか心にひっかかる」キャラクターやストーリー、世界設定などに対して用いられていたが、やがてキャラクターの魅力をあらわす用語として定着した。一応はアニメ、漫画作品の年少の美少女キャラクターに対して発生する恋情、もしくはキャラクター設定に関する特定のバイアスに対して使用される用語ではあるが、その概念は完全に固定されていない。たとえば『ドラえもん』におけるヒロイン、しずかちゃんを「萌えキャラ」と表現して良いか否かなどの命題は、人それぞれに解釈が存在する。
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07月04日(金)
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