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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■東京始末&ニュースの森(^^)/舞台『奇跡の人』
演出の舞台配置が凄い。回り舞台に、中空の二階。目明きでも、いや、目明きならばこそ、膝ほどの手すりしかない高い場所で演技をするのは足が震え体が泳いでもおかしくないのに、鈴木杏は自然に、しかも大胆に飛び撥ねる。もちろんそんなことは、装置を「信頼」していなければできることではない。鈴木杏は、舞台と装置もまた自らの相手とすべき演技者であることをちゃんと知っていて、見事に自分との間に一つのコードを作りあげたのだ。絶賛されてしかるべきだろう。
大竹しのぶについては言葉を尽くせない。
外国の戯曲が日本化された場合、どうしても違和感が生じるものだが、どう見ても生粋の日本人にしか見えない大竹しのぶがなぜアニー・サリバンに見えてしまうのか。その一挙手、一投足が、観客を弾きつけるワザとして作用し、ムダがない。私にとっては、『屋根の上のバイオリン弾き』の森繁久彌のテヴィエ以来の感動であった。
ほかの役者さんについても触れておかねばね。
辻萬長(アーサー・ケラー)。ただ頑迷なだけではない父親としての威厳を好演。ヘレンとサリバンを引き裂こうとする張本人だから、ヘタな役者が演じると「憎まれ役」になってしまうのだが、彼は絶対憎まれてはならないのである。
しかし辻さん、太ったなあ(^o^)。
キムラ緑子(ケート・ケラー)。これも決して嫌われてはいけないのだが、そこがやや弱い。「サリバン先生にヘレンを預けるのが正しいとは限らない」と思わせるくらいに自らを律する冷静さをも表現してほしかった。
松金よね子(エヴ伯母)。井上ひさしが、パンフの解説でこのキャラクターがステロタイプ過ぎるのが欠点、と言っているが、そんなことはない。アーサーとケートの夫婦の人間としての深みを表すためには、こういう底の浅い人間が対照的に必要となるのだ。底の浅い人間にはその辺がよくわかんないんだよな(^o^)。松金さんのヒステリックな声は役にぴったり。
吉田鋼太郎(アナグノス校長)。サリバン先生の師であるから、普通レベルの人間ではいけない。ご本人はパンフで「ヤンキーっぽく演技した」と語られているが、演技の質は浅草軽演劇に近い。鼻を啜るクセとか、こういうのをセリフの間に使うの、森繁久彌とかのお得意芸だし。悪くはないが、もう少し年上の人の方がよかったんじゃないかと思う。イメージは名古屋章かな。
長塚圭史(ジェイムズ・ケラー)。まあ、これはバカでいい役だから(^o^)。
お父さんの長塚京三さんが見に来られていて、幕間にロビーですれ違ったのだが、すごく険しい顔をされていた。息子さんの演技にもしかしたら腹を立てていたのかも。
それにしても京三さんは背が高い。異相でもある。黒いマントを身に纏い(ホントに全身黒づくめだったのだ)、悠然と闊歩する姿を見ていると、まるでメフィストフェレスのようだ。この人の迫力をドラマや映画は全然生かしてこなかったのだな、ということが、ご本人を目の当たりにしてよーっく、わかった。意外に『魔界転生』の宮本武蔵役、合うかもしれない。
終了は10時。3時間とちょっとだが、その間全く退屈しなかった。
昨日今日と、全く毛色の違う芝居を二日連続で見て、どちらにも大満足というのは滅多にあることではない。ああ、東京に来てよかった! どっちの芝居も福岡で公演してくれたらもっとよかったのだが。
見終わったあと、私もこうたろう君も「ええもん見させてもろうたわ」という顔でホンワカしていたのだが、しげは今一つ、という感触である。
悪いとは思わないが、鈴木杏の動きが自然過ぎるのが気に入らないらしい。
「階段から転げるときはホントに怪我するくらいじゃないと」
……って、それじゃ、次の公演できなくなるじゃん(^_^;)。
外に出て、近くのレストランで、遅目の夕食。
イタリアンっぽい店で、スバゲティやらハンバーグやらをゴタ混ぜに乗せたサービス定食みたいなのが美味そうだったので、それを注文したら、しげが「自分もそれを頼みたかったのに」という顔をする。頼めばいいじゃん(^_^;)。
食事をしながら、ひとしきり『奇跡の人』を誉めあったあと、こうたろう君ともお別れ。
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03月03日(月)
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