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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■メイキング・オブ・SF・レビュー/『川原泉の本棚』(川原泉・選)/映画『宇宙大戦争』『地球防衛軍』
李家豊の(^o^)『品種改良』は『幻影城』に載ってたのを読んだ時に「なんてつまんないんだろう」と思った記憶が(^_^;)。
いや、個性派揃いの『幻影城』のメンツの中じゃ、田中さんの書くものって浮いてたんだよね。けど、川原さんの本棚に並べられると一番普通に見える。これがアンソロジーの不思議なところだ。
この並べ方って、最初は普通のスタートを切ったのが、コースがどんどん蛇行してって、障碍物なんかも置いてあって、しかもマラソンしてるつもりがいつのまにか走り幅跳びに棒高跳びも混じっているという……なんかこのたとえもワケわかんないな(^_^;)。
でもさ、自分の持ってる本を見せるって、一つの「ひけらかし」でもあるのに、そこに『おはよう寄生虫さん』を持ってくるのだよ、このひた〜。しかもそれを『ロビイ』のあとに載せる。『ロビイ』でちょっと涙ぐんだりしちゃった人は、次に『寄生虫』の淡々とした説明を読まされて、何をどう思えばいいのか。
私の場合、既に読んでる作品が殆どだったから特に混乱はしなかったけれど(『ヤマナシの実』だけ知らんかった)、この作品の全てが初読って人は、脳が相当混乱するかも。そういう人に本書の感想を聞いてみたいものである。
それにしても、人に本を推薦するというのは並大抵のことではない。
先日、ここの掲示板にあぐにさんが「なにか初心者にお勧めのSFなどありませんか?」と書かれたのを読んだとき、思わず頭を抱えてのけぞったら、そのまま椅子からコケ落ちて腰を打ってしまった。
アタマを抱えた理由は三つあって、一つは「そんなんどこまで紹介すりゃええんや、キリないやんけ!」という叫びであり、もう一つは「そんなにえすえふ読んどらへんわあ!」という劣等感、更にもう一つ、「えすえふなんてジャンル、もう死んどるわあ!」であった。
我々の学生時代、SFの浸透と拡散は既に言われていたが、それでもSFを読むことは「基礎教養」であった。
ハヤカワの銀背は既に高値を呼んでいたが、海外作品はハヤカワSF文庫・創元SF文庫・サンリオSF文庫を読んでいけば有名どころが手に入らないということはなかったし、国内作品も前記のところだけでなく、角川文庫が中心になって、星新一・小松左京・筒井康隆ほか、代表的な作家たちはみな収められていたし、読めない作品の方が少なかったのだ。
SF雑誌も、「SFマガジン」「SFアドベンチャー」「SF宝石」「SFイズム」「奇想天外」と老舗に新創刊と合わせて、みんなで回し読みをしていた。
若い人は、なんてステキな環境でしょう、と思うでしょう。
そんなもんじゃないのだ。
なにしろ、友達はみんなSFを読んでいたし、そしてSFに燃えていたのだ。
寄ると触るとみんなSFの話ばかりしている。「SFを語らずして何を語るか」ってなスローガンのもと、私のいた文芸部内の仲間うちでは、いつの間にか「SF勉強会」みたいなものまで開かれていた。
今やそんな状況、誰も信じないかもしれない。でも、ウソのような本当の話だ。
私のような非才の身には、みんなの話題に付いていくのは辛くて仕方がなかった。なんたって、毎週毎週、「読まなければならない本」が怒涛のごとく押し寄せてくるのだ。
「来週までに読んできてね」
文庫本をそう言って私に手渡すと、彼女はほんの少しだけ唇の端に微笑を浮かべて、文芸部の部室をあとにした。長い髪が風になびく、というのは陳腐な描写だが、でもまさにそんな感じで彼女は立ち去っていった。
勉強会は、次に読む本を当番制で決めていく。概ねみんな、自分のカネで本を買っていたが、ちょうど金欠病、という場合もあったから、そんな時は本の回し読みはよくやっていた。
今回の本は、彼女の選択。有名なSFだけど、まだ読んだことはなかった。女の子に本を借りるなんてことは滅多になかったから、緊張した。それにその子にはちょっとだけ憧れていた(高校時代の友人もここたまに覗いてるんだよなあ、誰のことか見当つけられたらヤバイなあ(^_^;))。
今ならその作品は、たいして滞ることもなくすんなり読めたかも知れない。
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02月19日(水)
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