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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■事故の顛末(^o^)@/舞台『アパッチ砦の攻防』
反応はすぐにあって、翌12日の夕方に、宇津見さんから「定連さんの集まっている掲示板(山本さんとこにあらず)で、ルールを軽視した書き込みを続けている人たちがいたから、それを注意するのに貴方(私のことね)の文章を引用しました」との謝罪の書きこみがあった。
こうやって日記もBBSも世間に公開しているのだから、当然、引用は自由である。いちいち承諾の必要もないし、宇津見さんが謝罪されることはないのだが、まだ腑に落ちないのは、宇津見さんが「URLは書いてません」と書かれていたことである。となれば、やはりその書きこみからここに辿りつくことはできないはずである。何かもう少し「事情」がありそうだなあ、と思って、その当該の掲示板を覗いてみたい、と思ったのだが、如何せん、宇津見さんはその掲示板の名前を書かれていない(^_^;)。
もともと私は、自分の書いたものが自分の知らないどこかで話題にされることについては、無頓着なほうである。今回も「どっかで話題にされてた」ことが分った時点で、アクセス数が増えた原因は判明したのだから、私の気持ちとしてはそのままほったらかしてもよかった。しかし、宇津見さんの書きこみを見る限り、その「話題」とやらは今後もなにやら紛糾を呼びそうな気配である。
アクセス数が増えるだけならばともかく、私の書いている内容に対して、批判のメールやら掲示板への書きこみやらがあった場合に、事情を知っていると知らないとでは、対応の仕方が変わってくる。
いきなり「フザケたこと書いてんじゃねえ!」と怒鳴られても、「なんですかあ?」としか言えない。人によっては、私が事情を知っているのに「しらばっくれている」ととらえる可能性もある。状況を確認しておくに越したことはないのである。
かといって、宇津見さんに直接、メールで当該の掲示板の場所を質したりするのも、「そこに乱入するつもりなのか」と思われそうで聞きにくい。さて、どうしたものか、と思案しているうちに、ハッと思い出したことがあった。
(ここより回想シーン(^^))
もともと私が山本弘さんの掲示板ウォッチングを始めたのは、ある人がご自身のサイトで同様のことをされていて、しかもその内容がすばらしくおもしろかったからである。
お固いマジメ人間には、「ギャグ」がなぜ存在するのか、その意義についてもまるで理解不能だろうが、人間の歴史には「揶揄の文化」「からかいの文化」というのは、モノゴトの価値を相対化する方法として普遍的に存在するのである。というか、そういう感覚を持ってない人間って、社会の害毒でしかないのよ。私も非才ながらその方の顰に倣うマネをしてみた、という経緯があるのである。
その方が語られていた文章中に、世の中には「山本弘問題連絡会」と称するサイトがある、という情報があった。
「山本弘問題連絡会」。
なんて楽しくステキで、心地よく秘密めいたタイトルであろうか。♪ヽ(^。^)ノ☆
これを察するに、「山本弘氏について問題を挙げてそれを連絡し合おう」なんて生易しいものではないのである。まず、この世には「山本弘問題」というものが存在していて、それについて連絡し合っているのである。存在そのものが問題。山本さんがそれを聞いたら激怒されるかもしれないが、ここまで言われりゃこれはかえって名誉のようなものである。
昨今の作家で、「問題」とまで指摘されそうな人間がどれだけいるだろうか。「田中康夫問題」とか言おうと思えば言えそうだけれど、あの人、既に作家じゃなくなってるし。「柳美里問題」とか「中島梓問題」とか、話題にできそうなのは女性ばかりである。そう考えると山本さんは孤軍奮闘状態だ。すごいぞ山本先生!
さて、その「山本弘問題連絡会」、ざっと見ただけでも7、80くらいの項目がズラリと並んでいる。サイトのいくつかを覗いて、2、3個目で、山本さんとこの定連さんたちが群れて好き勝手なことを喋っているのを見つけた。
正直な話、「ここまでバカ?」と思ったので、その感想をウチの掲示板に書きこんだのが1月27日のこと。
(回想終わり。この時点では、この人たちが更に屋上屋を重ねるがごとき恥さらしをやってくれるとは思ってもみなかった。全く、世の中は広いね)。
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02月16日(日)
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