ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491706hit]

■オタクの明るい未来/『リンダリンダ ラバーソール』(大槻ケンヂ)
 帰りがまた、定期の見回りで遅くなる。
 しげはもう仕事に出かけているので、コンビニでチキンカレーとデミグラスソースオムライスを買って、これが晩飯。
 「ゴジラ名鑑」をいくつか買って、ようやく「メカゴジラ」をゲット。あとは「南海ゴジラ」だけだけれど、さてあと何個買えば手に入ることやら。


 夜、東京のこうたろう君から電話。
 「たまにはこちらから電話でも」とありがたいコトバ。日記に夫婦ゲンカの記述が多いので心配してくれているようだ。
 しげとは年齢差があるので、そのミゾを埋めるには軽いケンカ&たまに重いケンカは必要なのである。何しろしげに私の気持ちが伝わらないように、私もしげの考えてることが分らないのだから。
 仮にホントにリコンなんてことになれば、この日記でどれだけ私がしげに対して乱暴狼藉を働いたかの証拠になるだろうから、慰謝料は私から取り放題だろう。しげにとって不都合なことにはならないはずである。


 大槻ケンヂ『リンダリンダ ラバーソール いかす!バンドブーム天国』(メディアファクトリー・1260円)。
 いわゆる「バンドブーム」というものに私は全く引っかからなかった。
 タイトルにある「リンダリンダ」だって、サビの「リンダリンダー!」って絶叫してるのを何かの番組で見かけたことがあるだけだし、甲本ヒロトの名前も知らなかったのである。っつーか私にとっての甲本ヒロトって、『タイムボカン王道復古』でのセコビッチ・ファンの甲本浩人くんなんだけどな(誰が知ってるそんなもん)。「山本正之と組んでるアニソン歌手」というのが基本イメージなのだ。こんな覚え方されてたら、ブルーハーツファンは激怒するかもしれないが、甲本さんは山本さんを師匠と仰いでるんだから、失礼には当たるまい。ついでに言えば、甲本さんの弟が俳優で元東京サンシャインボーイズの甲本雅裕。弟さんがゲストで出演していた『笑っていいとも』を偶然見ていて知った。トモダチのトモダチの輪はなかなか面白い。
 いやまた話が逸れた。
 要するに私は「イカ天」も全く見てなくて、ロック系とは全く縁がなかったのだが、それがどうして大槻ケンヂにだけは興味を示したかと言うと、この人が江戸川乱歩のファンだったからである。
 何かの番組で、「乱歩の映像化にはもっと超豪華におカネをかけなければならない」と語ってたのを聞いて、得たりや応、と膝を叩いたのである。それから大槻さんが書いたSF小説なども何冊か買ったのだが、すぐに山の中に消えて未だに取り出せない。エッセイをいくつか読んだきりなので、大槻さんの本格的な「小説」(ひたすら自伝に近いが)を読むのはこれが始めてである。

 私は「筋肉少女帯」の曲も殆ど知らない。「高木ブー伝説」もサビの部分しか知らない。「ボヨヨンロック」も聞いたことがない。
 なのにこの小説が面白くて仕方なかったのは、これがまさしく「青春小説」だったからだろう。
 バンドブームとはいったいなんだったのか。全てのものが消費されつくしていく時代の流れの中では、それもまた流行歌の歴史の一つの徒花、と切って捨てることもできようが、その渦中にあったものたちは自らを表現すべく、蠢き、あがいていた。けれど、彼らが表現したかったものはいったい何だったのか。
 実はそんなものはない。彼らにあったのは何かを表現したいいという思いだけであり、それが奇矯なスタイル、奇矯なライブを作り出していった。大槻さんはそう喝破する。舞台でゲロを吐いた男達もいたが、それはなんの表現にもなっていないという意味でまさしく彼らの表現だった。
 無意味さが無為ではないことを示すのが青春小説の謂であるとすれば、まさしくこれは青春小説の名にふさわしい。この小説の切なさはそこから生まれてきている。
 どこに向かって行くのかわからぬまま、殆ど全てのバンドが嵐に飲みこまれ、遭難して行った。そして死んでいった者たち。バンドブームが終わり、イロモノになっていった池田貴族が最後にロックに帰って行く姿は切ない。その曲を私は聞いたこともないのに。
 大槻ケンヂは一応、生き残りはした。けれど失ったものもやはりあった。それはまさしく「青春」そのもの。

[5]続きを読む

12月19日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る