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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■殺伐とした日々/『文章読本さん江』(斎藤美奈子)
 いい加減、上の連中は、才能のある人間を食いつぶしていくような職場環境を改善しようって気はないのか。
 私もとうに労働意欲をなくしている。


 晩飯は「王将」。
 どんどん増える棚のフィギュア、でっかいピグザムが置いてある前に、ちょこなんとワンピースのちび人形が四、五個。「こんなん前からあったっけ?」としげに聞いたら「あったよ」とのこと。別に前より増殖してたってわけじゃないようだ。どのキャラかよく見ようと触っていたら、「盗ったらいかんよ」としげが言う。
 あのな、それなりの社会的立場もあるオトナは万引きなんかしないって(-_-;)。わしゃ小木茂光か(←『OUT』)。こういう何も考えてない発言してるからバカだバカだと言われるのである。言われたくなきゃバカな発言しなきゃいい。少なくともしげの身の回りでこういうバカな発言するやつは誰一人いないぞ。


 帰宅して、今日はアニメ『ヒカ碁』で佐為が消える日だったということに気がついて、慌ててテレビを点けるが、ちょうどエンディングで、肝心なシーンは見損ねてしまった。多分クライマックスだから、作画にも力が入ってただろうに、残念。あともう一回の佐為の登場予定は、第一部の最終回。今度は見逃さないようにせねば。


 斎藤美奈子『文章読本さん江』(筑摩書房・1785円)。
 『文章読本』ではなく、『文章読本』の研究本である。まずはこの着想が素晴らしいね。
 斎藤さんの本は以前『読者は踊る』を読んだことがあるが、そのときも着眼点が面白いな、と感じた記憶がある。
 そもそも、我々日本人はどうしてこんなに「文章が上手く書けるようになりたい」と思うのであろうか? そういうのは学校で教わるもので、何もいちいち「文章指南書」の類を紐解く必要はないのではないか? 
 作者は、100冊以上の「文章指南書」を俎上に乗せ、「名文」への欲求がいかにして日本人の中に形成されていったのかを社会学的かつ心理学的に解題していく。しかもこれが平易な文章で書かれてるものだから、滅法面白いんだわ。

 まず、百花繚乱たる『文章読本』には、「御三家」と「新御三家」が存在する、と斎藤さんは説く。この例え方がキャッチー(古い)。
 ・御三家
   谷崎潤一郎『文章読本』
   三島由紀夫『文章読本』
   清水幾太郎『論文の書き方』
 ・新御三家
   本多勝一『日本語の作文技術』
   丸谷才一『文章読本』
   井上ひさし『自家製 文章読本』
 この選択に異論がある人もあろうが、私は妥当だと思うね。ベストセラーになってるものばかり、ということもあるが、ガクセイへの影響力という点で納得がいくのである。いや、全部読みましたよ、一応ブンガクブ出身なもんでね。
 それぞれの本に斎藤さんが付けたキャプションも面白い。
 「谷崎潤一郎の天衣無縫」ナチュラル志向と言いつつ、矛盾だらけで何が言いたいんだかわからない。
 「三島由紀夫の貴族趣味」芸術家にしか文章は書けないんだと。読本の意味ないじゃん(^_^;)。
 「清水幾太郎の階級闘争」芸術的な文章より実用的な文章のほうが上って、上下の問題じゃないでしょう。
 「本多勝一の民主化運動」ともかく卑屈で神経質である。デンパな文章書きたい人にはお勧めか?(^o^)
 「丸谷才一の王政復古」かな遣いは今さら昔にゃ戻りませんって。
 「井上ひさしの滅私奉公」文章を語るのに初めてディベートとエンタテインメントを持ちこんだけど、くどいです。
 斎藤さんの言ってることを短くまとめるとこんなところか。多少私の感想も入ってるが。

 結局のところ、我々が文章指南書を欲するのは、みんな自分が「文が書けないことはよくない」と思ってるからだろう。

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12月04日(水)
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