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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■再爆走B/鬼が笑っちゃってひきつけ起こして寝る話/『燃えよペン』(島本和彦)ほか
だいたい『ガンダム』の発想自体が「いかにロボットアニメにリアルさを付与するか?」という点にあったのだから、冒頭の質問は質問にもなっていない。質問形式でスレッド立てた時点で、こいつは「ガンダム見てもいないな」とか「荒らし目的だな」とすぐわかるから、無視するのが一番なのだ。レス付けてったって不毛な会話が続くばかりで、そのことを指摘してる常連さんもちゃんといるのに、ムキになって反論する常連さんもいるから話がややこしくなっていく。
要するに有名人のとこに集まってくる人間って、一見マトモに見えてもみんなどこか「かまってくん」的なとこがあるんだよね。
「荒らしさん」は、最初から「みんな有名人に相手してもらって羨ましい」というやっかみから挑戦的なこと書きこむけど、普通の人だって、「荒らし」とたいしてメンタリティが違ってるわけじゃない。
有名人のとこに書き込みをする。
レスを付けてもらって嬉しくなる。
そこまではいい。
ほかの誰かがやっぱり有名人からレスを付けてもらう。
それが羨ましくなって、常連同士で内輪もめする、とか、
トンチンカンな書き込みがあったら、無視してりゃいいのに、わざわざ先輩風を吹かして何か優しく説明してあげなきゃならない気分になる、とか、
有名人の代わりに、荒らしさんを追い出さなきゃならない、とか、
段々書き込みすることが「自分の義務」だと勘違いし始めてるんだよね。全部「そんなん誰もアンタに書き込みしてくれなんて頼んでないし、アンタがやらなきゃならないことでもないでしょ?」と言われたらそれまでなんである。
一度や二度ならともかく、しょっちゅうそういうこと繰り返してたらアータ、自分のアイデンティティ確認するためにサイトに頼っちゃってる依存症だって思われても仕方ないと思うけどね。
いつぞや唐沢俊一さんが日記に書いてたことだが、サイトで日記をつけるのは「性に合ってた」からで、また「いつ、やめたって構わない」というスタンスで書かれているのである。そういうフレキシブルさがないと、公開日記なんて個人的感情の押し付けにしかなるまい。
書きこみだって同じで、「ここは一つ私が書かねば」なんて気持ちで書いた文章が面白くなるはずはあるまい。客観性のある文章と一人よがりな文章との違いがどこにあるか、みなさん、もちっと考えてみてもいいと思うんだけどねえ。
晩飯はコンビニで買ったスパゲティ。安上がりである。
そのコンビニでようやく『ガンダムエース』を入手。
今回の『ガンダム THE ORIGIN』は、『ガルマ編』最終話。
シャアが死ぬ直前のガルマに得々と自分の秘密を打ち明けるのって、冷静に考えると、ボイスレコーダーに記録される可能性だってあるじゃん、とツッコミたくはなるのだけれど、多分後でシャアのやつ、ガウの残骸の中からボイスレコーダーだけ探して壊したんだろうねえ。
軍功を焦るガルマ、その心理に乗じたシャア、確かにこのあたりはガンダム前半の白眉で、セリフもよく練られているなあ、と再確認。劇場版公開時唯一爆笑が起きていた死ぬ直前のガルマの脳裏に浮かんだイセリナの映像もカット。賢明な措置である(^o^)。あれ、わざわざ新作だったんだけど、あの当時の富野さん安彦さんはやっぱりちょっとナニになりかけてたのかもね。
ほかにもアニメ版と違うのは、エッシェンバッハが死ぬ描写かな。テレビシリーズじゃこのあとイセリナの出番がもう一回あるんだけど、コミックじゃそこまでは描かないかも。結局イセリナは彩りキャラで終わるか。
毎回新作が楽しみなトニーたけざきさん、今回も「弾幕が薄いぞー!」ネタ。なんでSMネタになってるのか分らないけれど、まあ勢いがあるからいいや。
マンガ、島本和彦『燃えよペン』(小学館/サンデーGXコミックス・600円)。
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11月27日(水)
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