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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■そう言えば「丹」ってのも何だか知らない/舞台『空飛ぶ雲の上団五郎一座 アチャラカ再誕生』/『聞く猿』(ナンシー関)ほか
ちょっとWEBサイトに載ってた紹介文を引用してみよう。
日本演劇界を代表する喜劇作家陣が集結。強力タッグを組んで新しく一座を旗揚げした!「東京ならではの笑い」を目指し、いとうせいこう、井上ひさし、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、筒井康隆、別役実といったそうそうたる人気喜劇作家達が脚本を書いた「空飛ぶ雲の上団五郎一座」。東京・ラフォーレミュージアム原宿で行った、たった5回の公演から8月25日のステージを放送。'69年にイギリスで生まれたコメディ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」的不条理テイストと、榎本健一(エノケン)や三木のり平が作りあげた昭和の東京喜劇の「アチャラカ」のスタイルを合体。21世紀の新しい笑いとしてステージに復活させた。ちなみに「雲の上団五郎一座」とはエノケンが座長の東宝アチャラカ喜劇の傑作舞台だ。
出演する俳優陣も豪華! 劇作家の三谷幸喜をはじめ、くりぃむしちゅー、YOU、住田隆、中村有志、深沢敦などが登場。アドリブ満載のドタバタ劇でありながら、緻密な計算と高度なセンスが要求されるクオリティの高いステージが繰り広げられる。コントと演劇の要素が混在した新しい笑いは見逃せない。
まあ全然つまんなかったとまでは言わないが、この「新しい笑い」って惹句、やたら使われてるけど、コントも演劇も伝統の上に成り立ってるものだし、ましてやアチャラカなんてもう何十年も前の過去の遺物なんだけど。温故知新とでも言いたいのかね、この解説氏は。
「喜劇」が滅びることはないが、「アチャラカ」は滅びた。
それは「アチャラカ」が時代と風土に拠って立つものだったからで、恐らくそれは昭和45年のエノケンの死とともに滅びたのだろう。ほんの数年前まで、三木のり平や由利徹は生きていたが、散発的なものではあえて「アチャラカ」と呼ぶこともなかったし、彼らの芸をそう認識している人間もいなかった。
私は舞台『屋根の上のバイオリン弾き』で、森繁久彌と益田喜頓の「アチャラカ芸」の片鱗を「見た」が、だからと言ってあの芝居をアチャラカだとは誰も呼ぶまい。そういうことである。
「滅びた」ものは、「再誕生」もしない。「アチャラカ再誕生」なんて意気込みは評価してもいいけど、結局はごく普通の「ちょっと笑えるかも? なコント」がそこにあるだけである。
頭に「空飛ぶ」をつけたのはモンティ・パイソンを意識してるのだけれど、どうしてこう、借り物ばかりしてきますかね。しかもどこがモンティ・パイソンなんだかよくわかんないんだもん(-_-;)。
エノケンの舞台『らくだ』を私は当然見ていないが、今に残るスチールのほうが、今回の『らくだ』よりもはるかに面白そうに見えるんだよね。役者がみんな突っ立ってるばかりで体技が伴っていないのだ。喜劇役者の体技ってのは「こいつが次にどんな動きをするか」ってのを期待させなきゃ話にならんのだよ。
役者がみんなダブルテイクを見せるところも(あの、一度ものを見てそのときはやりすごし、もう一度見て驚くというやつね)、明らかにヘタクソな三谷幸喜のヤツにまで観客が笑うのを見てると、アチャラカだけでなくて客も死んだのだなと思わざるを得なくて、情けないを通り越して自殺したい気分になってくる。
なにがヒドイって、役者としては相当ブランクがあるはずの三谷幸喜が、現役であるくりぃむしちゅーより遥かに上手いのである(-_-;)。キュリーに扮した三谷幸喜が「なんでオレのことをキュリー夫人のご主人って呼ぶんだよ! おかしいだろ!?」と叫ぶシーンは確かに三谷幸喜が演じているからこそ笑えた。……この脚本はいとうせいこうさんじゃないかなあ(っつーか笑える脚本は全部いとうさんじゃないかって気がしてくる。明らかに筒井康隆作と思える『アルカイダの伝令』は全く笑えなかった)。
ともかく役者の芸の質に落差がありすぎるのが見ていてツライ。見られるのはいとうせいこう・中村有志・深沢敦くらいのもので、あとはシロウトに毛が生えた程度。本気で喜劇をやろうと思うのなら、「自分の肉体をどう見せるか」ってことくらいは考えてほしいもんだ。
あ、あと美術にしりあがり寿さんやなんきんさんが参加してたな。でもあまり印象に残りませんでした(^_^;)。
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11月01日(金)
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