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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■愛の賛歌(^o^)/『金色のガッシュ』7巻(雷句誠)/『焼きたて!! ジャぱん』4巻(橋口たかし)/『眠狂四郎』5巻(柳川喜弘)
 養父レッド公を敬愛するあまり、ティマ(原作のミッチィ)を破壊することに執念を燃やすなるほどロックに演じさせるにはピッタリのキャラではある。
 キャラデザインの名倉靖博の線は、50年代の手塚治虫の懐かしい線を再現していて好きなのだが、それは同時に『バンパイヤ』以降のロックの狂気も削ぎ取ってしまうことになっていた。ミッチィは原作では男性女性のどちらにも変身できる両性具有のロボットなのだが、アニメのティマは女性形のみでの登場である。ミッチィが持っていた狂気のうち、男性の部分をロックが代わりに演じている、というのが脚本の大友克洋のアイデアであろうから、それはなかなかの着想なのだが、やはり男でも女でもない苦しみを持ってこそのミッチィなので、原作ファンとしてこの改変は素直に喜べるものではない。痛し痒しである。
 少なくとも、ここでのロックはサングラスをかけさせるべきではなかった、と思う。こういう狂気は眼で表現させなきゃならんのだ。演出があの『幻魔大戦』の(^o^)りんたろうだからしょうがないんだけどさ。
 声は岡田浩暉だが、池田秀一によく似ていて、最初聞いたときてっきり池田さんだと思いこんでしまった。声だけならこれもなかなかいい線行ってるんじゃないかな。

 さて、あと最新作として、宇多田なんたらがピノコを演じたどうしょうもないネット配信版『ブラック・ジャック』(2001)にロックが出演しているそうだが、これは未見(どうしょうもないというのはウワサね)。多分、一生見る機会はないような。
 データによれば『第9話 刻印』に間久部緑郎として出演。でも声優の神奈延年という人は知らんなあ。だからどんな声かも想像がつかん。

 抜けは多々あると思うが、ともかくロックの映像化の軌跡をたどってみた。手塚ファンの楽しみの一助となれば幸いである。

 マンガ本編に全く触れないのもなんなので、収録作品のメダマをご紹介。
 やはり手塚作品には必ずある単行本未収録オリジナルバージョンが数編入っているのがうれしいところ。
 サボテン君、というキャラクターはその名通りの作品でデビューし、手塚作品にあっては概ね正義感溢れる少年を好演しているのだが(『ブラック・ジャック』第一話『医者はどこだ!』では、無実の罪に陥れられた主人公を弁護する少年役)、その第一話ではなんとロックがサボテン君を演じているのである。現行の単行本では改稿されて我々のよく知るサボテン君に描き変えられているが、いったいどうしてこのような変更が行われたものか。米沢氏は「ロックではカッコよすぎたのかもしれない」と類推されているが、理由は手塚治虫のみぞ知る、である。
 そして、『ロック冒険記』幻の雑誌版最終回、ロックが死なないバージョン。読んでみるとページ数に合わせたせいだろう、地球の危機がいきなり回避されてしまうご都合主義な結末だが、手塚さんの「とりあえずキャラを死なせりゃ感動的に終わる」という安易な結末のつけ方にはいささか食傷気味なので(『メトロポリス』のミッチィの死などは必然性はあるけれども、『地底国の住人』の耳男などは死なせる意味が全くない)、こちらのほうが新鮮味を感じちゃうね。
 しかし初期のロックは実に女性的なラインを持った美少年なのだよなあ。ちょっと「男装の麗人」的なムードすら漂っている。あの独特な髪の巻き毛は、もともとは少女雑誌の表紙に描かれていた中原惇一や蕗谷紅児のイラストの延長線上にあったのだということが、ロックのアップなどを見るとはっきりわかるのだ。やっぱヅカファンなんだね、手塚さんは(^o^)。
 こういう宝塚趣味は『バンパイヤ』以降はすっかりナリを潜めてしまうのだが、たまにヒョイと意外なところで顔を出してくる。『原人イシの物語』で、死に行くイシの手を握って泣くロックの横顔などは、少女以外の何者でもない。ロックというキャラクターは、やはりただの二枚目にも悪役にも閉じ込められない、幅と深さを持っているのである。

 河出文庫の手塚治虫漫画劇場は、このあとアセチレン・ランプ編を配本するそうだが、できればそれも売れて、ハム・エッグ編、スカンク草井編、レッド公編、丸首ブーン編、金三角編とか出してくれたら嬉しい……って、私、ホントに悪役が好きだなあ。 


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10月22日(火)
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