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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■鮎川哲也、死去/『手塚治虫の奇妙な資料』(野口文雄)ほか
 何にせよ、現物を読んでいず、また、裁判の経過が不明瞭な状況で、私が想像できるのはここまでである。だから、こういう問題は、もっとオープンに語れるようにしないと、邪推が広がるばかりなんだってば。


 深作欣二監督が、『バトル・ロワイアル2』の製作発表会で、骨がんに侵されていることを、25日の製作発表会見で告白。
 手術はほぼ不可能で、放射線治療を続けているが、痛みも相当ひどく、モルヒネを打つこともあるという。
 『バト1』のときも、「随分老けたなあ」と思っていたが、やっぱり病気だったのか。ご本人も今度の作品が最後の作品、と決意されてるようであるが、つまり、『怪人二十面相』の映画化は断念したわけだね。ついこの間、石原慎太郎に東京都庁の撮影許可を取りつけたばかりだったってのに、ついに幻の映画で終わるか。
 深作監督の『二十面相』映画化は、以前も何度か頓挫している。
 おそらくは製作費やロケ地の問題等があったのではないかと推察されるが、それでも深作さんは映画化をあきらめてはいなかったはずである。
 映画評論家の故・田山力哉氏が、死ぬ寸前に、企画進行中の『二十面相』映画化について、「なぜ今更そんな古臭い企画を」と憤慨していたが、古い作品を現代に蘇えらせることなんて、いくらでもある。ある意味いいがかりに近いこの田山氏の批判に対して、深作さんは完成した作品をもって答える義務があったはずだ。『バト2』作るより、『二十面相』の企画を優先すべきではなかったか。
 これは勝手なカングリなんだけれども、深作監督は、二十面相役にビートたけしを想定していたのではなかったか。どこでその話を聞きつけたか、TBSがテレビでやっちゃった。深作監督、さすがに二番煎じと謗られるのがイヤになっちゃったんじゃないかな。
 巨匠なんて祭り上げられてるけれども、深作監督のよさは二流、三流に徹してるところだと思う。へたに「文芸大作」なんてものに取り組んじゃうと、『火宅の人』とか『華の乱』みたいにどうということもないものしか出来あがらない。まるで水に合っていないのだ。『二十面相』は深作監督にはぴったりの企画じゃなかったか。『バト2』作るなとは言わないが、岡田裕介社長は「いくら製作費を使ってもいい」とまで言ってくれてるのである。深作監督に『二十面相』を本気で作る気があったなら、取りかかれないはずはなかったと思うのに、いつどういうわけであきらめちゃったのかなあ。


 推理作家・鮎川哲也氏が24日午後、多臓器不全のため死去。享年83。
 その生年には、大正3、4、5、6、8(1914、15、16、17、19)年、昭和3年(1928)と諸説紛々であったが(本人が韜晦して明かさないのだからミステリ作家ってやつはもう)、『黒いトランク』(創元推理文庫)の解説鼎談で戸川安宣氏が「大正8(1919)年2月14日」と公表し、今回の享年もそれに準拠している。
 遺作は、三番館シリーズの『モーツァルトの子守唄』だが、長編としては鬼貫警部ものの『死びとの座』が最後になる。くそ、買ってるけどまだ読んでねえや(いつもの如く、しげが読んだままどこかに放っぽったままで行方不明なのである)。噂されていた新作『白樺荘事件』(題名から判断するに『私だけが知っている』の小説化か)は未完のままで終わったようである。
 デビューは1943年(昭18)頃、「佐々木淳子」名義で、『婦人画報』の朗読文学募集に一席入選した『ポロさん』。当時氏が住んでいた満州国を舞台に、支那長屋に引っ越してきたロシア人、ポローチコフ氏の、奥さんとの交情を描いたO・ヘンリーかつげ義春かって雰囲気の掌編で、ミステリーではない(現在は『鮎川哲也読本』で読める)。

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09月26日(木)
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