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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■コギャルかく語りき/DVD『久里洋二作品集』/『ヒカルの碁』18巻(ほったゆみ・小畑健)ほか
喋る犬パピィは、てっきりテレビ第一話で、モジョが博物館から盗み出したアヌビスの呪いのせいで、人間が犬に変身させられていたんじゃないかと推測されていたが、もともと喋る犬だったことが判明。道理で呪いが解けても人間にならなかったはずだ。このパピィ、堂々と立ちションしてるけど、アメリカでは子供向けアニメに立ちションシーンを描くのは犬でもご法度。つまり、この一点だけ考えてみても、製作者たちがこの作品を子供向けだと思ってない何よりの証拠なのだ。
うーん、こういう細かいところも語りだしたらキリがないね。
PPGがテレビを見つめるシーン、画面に映ってる人たち、多分、実在人物のパロだと思うんだけど、よく知らないから解らない。誰か知ってる人いないか。
嬉しいのは特撮ファンにだけ分かるギャグを随所に散りばめてくれていること。市庁舎を巨大モジョがまたぐシーンは、明らかに本邦の『キングコングの逆襲』のイメージだし、そのあとPPGを捕まえて摩天楼(明らかにエンパイアステートビルがモデル)に昇るのはもちろんオリジナル版『キング・コング』。つまりこの二つのシーンが東西キングコング映画を結び付けているって趣向なのである。
摩天楼の中に働いてる人たちを見て、モジョが「こんなやつら、救ってやる価値があるのか!」って怒鳴ってるけど、恐らくこの人たちアニメのスタッフだ(^_^;)。楽屋オチだけど、一番好きなギャグがこれでした。
で、もひとつ人を食ってたギャグが、「PPG」という呼び名を考えたのが博士でも街の人たちでもましてやモジョでもなく、ナレーターだったってこと(^∇^)。いやはや、意表を突いてくれるねえ。
これは口にするとあまりにも単純なテーマなんで、気恥ずかしいんだけれど、この映画のテーマは、やはり、人間の心の「絆」だってことなんである。スーパーパワーだって、作者たちは決して便利ですばらしい能力だとは思ってない。博士が「ユニークなものは人には理解されにくい」と語った通り(幼稚園児に向かってすごいこと言わはる)、これは差別に立ち向かう物語でもあるのだ。
PPGとモジョはケミカルXが作り出した兄弟のようなもの。つまり、硬貨の表と裏のように、両者の境遇はいつ逆転するか分らない緊張感の中にある。憎しみや恨みを乗り越えて、人を赦せればPPGになるが、赦せなければモジョになる。
しかし、監督は恐らく、モジョを絶対悪の存在だとは思っていない。モジョもまた、もともとは「虐げられし人々」の一人なんで、逆恨みで博士やPPGや街の人々を恐怖のズンドコに陥れてるけれど、やっぱりスタッフからも視聴者からも暖かく見つめられてるのである。だってこいつの悪さがなかったら、PPGだって生まれてなかったって設定を、これだけハッキリと打ち出してるんだからね。
どんな悪にだって、そこに生きてる意味はある、それが『PPG』の隠れテーマでもあるのだ。意外とハードじゃない?
さあ、みんなも『PPG』を見て悪の道に走ろう!(違うって)
映画がハネたあと、「カルビ大王」で食事。やっぱりしげ、肉ばかり食う(^_^;)。みんなでPPGを誉めたたえて、気分よく散会。
帰りの車の中で、しげから鴉丸嬢がエロマンガがうまく描けなくて困ってる話を聞く。
「やっぱり絡みのポーズがうまく描けないんだって」
「エロビデオ見りゃいいじゃん」
「そう思うけど。其ノ他くんに頼んで、知り合いの女の子と絡んでもらおうかと考えたけれど、それもイヤだしって言ってた」
「……オレたちがやってみせてもデブ専にしかならねーしなー」
これでも役者のハシクレなんで、ポルノモデルになるのも吝かではないのだが(貧弱な体形でもドデブでもそれなりの需要はあるもんである)、何分、職場にバレた時がまずいんでねえ。
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08月07日(水)
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