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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■親しき仲ほど礼儀なし/『風の帰る場所』(宮崎駿)/『うっちゃれ五所瓦』1・2巻(なかいま強)ほか
そのことを一番身を持って感じているのが宮崎駿だろう。自分が売れない映画を数々作ってきたことも実感しているし、今、売れているからと言って天狗になっているわけでもない。渋谷陽一のヨイショ気味なインタビューにも、宮崎さんは自らの傲慢を(ないわけはないと思うが)戒め、注意深くかわし、それでいて言いたいことは好き放題言っている。全く食えない爺さんだ(^_^;)。
だから、一部の言を切り取って、宮崎駿を批判することは簡単だが、「子供は毎日『トトロ』ばかり見てないで外で遊べ」等のセリフが決して自尊心の裏返しでなく、本気で言ってるんだということもインタビューを通して見えてくる。そりゃ、そんなガキがいたらフツーの親なら少しは外に出ろって言うだろうに。オタクのマイナス面までフォローしてやるのは甘やかしってものである。
宮崎さんはただのエコジジイではない。もっと性根の腐ったクソジジイなんである(←これ、誉め言葉だからね。平凡な人間に傑作は作れないよ)。
仕事帰りの車の中で、しげの職場の裏話を聞く。
いやあ、面白いなあ、これはここに書いておきたいのだが、さすがに個人のプライバシーに関わりすぎるからちょっと憚られるなあ。
と言っても、相手の身を配慮して、なんて殊勝な感覚から遠慮しているわけではないのが私の人間性が腐っているところである(^o^)。
ネットでほかの人の日記を覗いていると、職業からプライバシーからもう曝け出し、なんてものもザラにあって、ハンドルネーム使ってりゃもう何書いてもいいと思ってるんだろうなあ、と感嘆することもしばしばである。
その基本姿勢には大いに共感するが、不思議なもので、自分の内面を思い切り書いときながら、読者から内容について批判的な感想が寄せられたら、今度は自分の殻に閉じこもっちゃってサイトを閉じちゃう人も未だに多い。いったい何を考えてサイト開いたんだろうね。「もう日記を書くのやめようと思います」なんて簡単に書いてたりするけど、初めから何も考えてなかったんじゃないか。
……こういうこと書くとまた、「人がみんなあなたみたいに強いとは限らないんですよ、救いを求めてサイトを開く人もいるんですから」とか批判を受けたりもするのだが、私ゃ別に強くなんかない。だいたい「トモダチの輪」とか「憩いの場所」を求めてサイトを開くって発想自体、ネットってものの性格が全く理解できてないのではないか。
基本的に、ネットにプライバシーはないのである。
ネット自体が一つの大きなフォークロアの温床であり、そこに「プライバシーを暴くな」なんてキレイゴトを持ちこんだって、そりゃ逆にバカにされるだけの話だ。現実の世界だって人の口に戸は立てられないんだから、真実もデマも含めてウワサが一人歩きするのがネットの特性である。
ネットにだってマナーは必要だろう、という反論もあろうが、「ネットマナー」と言うのは、たとえどんなウワサが流れようが、情報の受け手がそれを鵜呑みにしない姿勢を持つことなんであって、他人に「ウワサを流すな」とか発言の規制をすることではない。掲示板に「中傷の書きこみはご遠慮下さい」と書いてあるサイトは多いが、そんなん本気の荒らしにあったら屁の役にも立ちゃしないでしょ。
要は荒らしにあったらどう対処するかって覚悟が管理人にあるかどうかってことになるんだが、どうもそのへん甘く考えてる人が相変わらず多いみたいなんだよねえ。だからすぐにサイトを閉じてしまう。サイト開くんだったら、自分と合わない意見の書きこみがあることぐらい覚悟しとかないとねえ。
……山本弘さんとこのSF会議室、定期便のようにトンデモさんが来てるけれど、ホントによく頑張ってるよなあ(^_^;)。
だからまあ、本来日記には何書いたっていいとは思うんだけれど、それでも日記にプライバシーを書きにくいのは、たとえそれがどんなに面白いものであっても、論争になれば、論点が「プライバシーを晒すことの是非」ってことだけに集中してしまうからである。そんなん論議したって、晒す人は晒すんだからしょうがないじゃんかよ。
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07月26日(金)
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