ID:10788
無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
[491718hit]
■夫婦ファイト!/『コリア驚いた! 韓国から見たニッポン』(李元馥)/『ロングテイル オブ バロン』(柊あおい)ほか
そうこうしているうちにミニストップに着いたので、お茶「とか」、ウェットティッシュ「とか」を買う。職場が近いので、しげとの第1戦はこのへんで終わったが、第2戦っつーか再試合は夕方に持ちこされたのであった(おいおい)。
でも、ホントにど〜でもい〜ことで喧嘩してるよなあ。「とか」がどうだってんだ(^_^;)。
マンガ、李元馥(著)/松田和夫・申明浩(訳)『コリア驚いた! 韓国から見たニッポン』(朝日出版・1575円)。
去年出た本だけれど、人気があるらしく、今年に入っても増刷が続いているようである。日韓併合の記憶は六十年を経た今もなお暗く重い影を両国の関係に落としてしまっているので、この手の「韓国での日本紹介本」は、たいてい激しい「日本バッシング本」になっていることが多い。まあねー、気持ちは分るけどねー、でもつまり韓国は今でも日本と喧嘩がしたいのかって逆に聞きたくなるくらいで。
そういう本に比べれば、このマンガ、激しい「偏向」はない。
序章で作者の李さんが、文化相対主義的観点を標榜して、「韓国と日本、こんなに違う! けれどその違いをお互いに認めよう!」なんて書いてるのを読むと、ああ、このヒトとは話せるかなあ、という気になる。
でもやっぱり「韓国が兄で弟が日本」的発想から抜け出せてないんだよねえ。
日本人の「和」の思想が、島国という狭い世界での安寧を保つのには最適でも、国際社会では通用しない、という李さんの指摘については、誰もが首肯しているところだろう。日本人がその「和」の「輪」からなかなか抜け出せないせいで、国際社会におけるコミュニケーション不全を起こしていることは紛れもない事実だ。
しかし、韓国の儒教的倫理観だって、国際社会で通用するものでもない。
要するに「文化相対主義」ってのは、どの国の文化もスタンダードではないということを認めることであるし、だからこそ、それぞれの国の文化に優劣をつけたり、一方が一方に文化の押し付けをしたりしちゃならない、ということになるのである。
だから、日韓併合による皇民化政策は明らかに誤りであり、大東亜共栄圏構想もアジアにとっては余計なお世話でしかなかったと言えるのである。「ロシアの脅威からアジアを守るため」といかにもリクツが通ってるような言い訳を主張する日本人多いけどさ、じゃあ、日本が負けたあと、中国や朝鮮はロシアの属国になったかね。「杞憂」でもって民衆を洗脳し踊らせるのは今でもマスコミがよく使う手だ。中国・朝鮮を「三等国」と見なし「善導」しようとした戦前の日本の傲慢さは否定できるものではない。
その戦前の日本と同じ行為を、今になって日本に対してやりたがっている韓国人は多いのである。この本でも初めは緩やかだが、章を重ねるに連れて「韓国に倣え」式の発想が少しずつ、じわじわと頭をもたげてくるのだ。
豊臣秀吉の日本統一を例に挙げて、「韓国より何百年も統一が遅れた」とかいちいち書いてるのもヘンな話で、国の統一に文化の優劣を持ちこんでいるのは差別じゃないのかな? 歴史が古いことに価値を見出す発想自体、文化相対主義を否定しているんだけど、李さん、自己矛盾を起こしてることに気づいていないね。
論理の破綻は更に続き、やっぱり「日本の文化はオリジナルではない」「朝鮮文化の換骨奪胎(いいとこどり)に過ぎない」ってな感じの結論に集約されていく。それ言い出したら朝鮮だって中国のコピーなんだけど、その辺を李さん、どう考えているのかね。
だから、どこの国の歴史が古いとかどっちが先だとかいうことを言い出すこと自体、相手の国を侮蔑することになるんだってば。アメリカは歴史が200年しかないから「弟」だって言える? 儒教の「長幼の序」って、そこまで差別意識の強いものじゃなかったはずなんだけどなあ。中国から朝鮮に輸入されて「いいとこどり」されたんだろうね(^^)。
[5]続きを読む
07月23日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る