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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■世界の中心で馬鹿と叫んだ女/『彼氏彼女の事情』13巻(津田雅美)ほか
 つまり、鴉丸嬢の乗る席がない。
 「荷物のスキマに乗ってもらうしかないよなあ。この間もよしひとさん、そこに乗ってたし、平気平気♪」……とかへらへら笑ってた私であったが、もちろん、女性をそんなヒドイ目に遭わせるわけにはいかないのである。
 で、頑張ってハマりこんだわけですがね、小道具で使ったゴミ袋の間に。
 「どう? 苦しい?」
 「いや……苦しくはないけど……」
 「けど、何?」
 「……あ・づ・いぃぃぃぃ」
 おお、私はちゃんと「けど」の使い方を心得ているぞ。さすがオトナ……ってマジで暑いんだわ、このゴミ袋の間ってヤツが。
 狭いとか、苦しいとかじゃないのね、このゴミ袋ってのが市指定の透明なヤツじゃなくて、黒一色なものだから、日に当たってるとだんだん熱を持ってきちゃうわけよ。そうなると暑いっつーか「熱い」。このままずっと放置されたら死ぬ。確実に死ぬ。
 「ちょっと『かに一』まで距離あるからガマンね」
 ……そこは「から」じゃなくて「けど」だろう。ガマンはするけど、早いとこ店に着いてくれ……と思ってたら、しげ、思いっきり道に迷いまくる。
 「あ、さっきの道、逆に曲がった」
 「も一つ手前で曲がんなきゃいけなかったんだな」
 「ああ、また同じ道を走ってる!」
 ……マジで私を殺す気か(-_-;)。
 なのにしげのやろー、笑いながら、
 「後ろの車が微妙に車間距離取ってるねえ」だと。
 その後ろの車の運転手とできるだけ目を合わさないように苦労している私の身にもなれや。

 しげ、車中で鴉丸嬢に向かって、他人の悪口を口汚く言いまくっている。鴉丸嬢も応酬するように悪口を言いまくる。
 詳しい内容は余りにひどすぎてとてもここでは書けない。
 悪口好きの私ですら閉口するほどだから、その過激ぶりは想像して頂きたいところである。「他人の悪口を聞くのは大好きだから隠さずに書け」と仰る好事家の読者の方には申し訳ないが、どうしても知りたければしげ本人に聞いて下さいな。
 日頃、私に対しては「世界の中心が自分だと思ってる」とか「他人を見下して生きてる」とか散々文句をつけてるクセに、しげの態度はまさしく自分を棚に上げている。もっともコイツが自分を棚に上げるのは日常茶飯事なので今更驚きもしないが。

 ただ、ヒトコトだけはっきりと言っておきたいことは、この「世界の中心」なんたら発言を、私に対して何か不満があるたびにしげは口にしているのだが、これも全て根も葉もないしげの被害妄想に過ぎないということだ。
 そりゃあ、確かに私も「博多は世界の中心である」みたいなことを口にすることがあるが、こんなのは主観的なハッタリで、客観的な事実でないことはアホでない限りすぐにわかる。お国自慢、ご当地自慢というものはそこまで思いきって言わなきゃ体をなさないから語ってるだけのことで、こんなのにいちいち目くじらを立てるしげの根性自体がネジくれているのである。
 だから広島人はよう(以下自粛)。
 結論を言っちゃえば、「世界の中心が自分だと思っている」のは私でなくしげなのである。だから他人が自分の上に立っているように感じられるのが許せない。それは、相手が夫たる私であっても変わりはしない。
 本来、人間というものは自分が言われて一番イヤな言葉を他人に浴びせかけるものである、というのは志水一夫さんもどこかで言っていたことだが、これはまさしく真実だろう。自分が世界の中心でありたいから、威張ったやつが許せないのである。自分が他人を見下し馬鹿にしているから、同じ言葉で他人を罵倒するのである。
 始末に悪いのは、しげのような対人恐怖症な人間にはよくあるタイプなのだが、自分自身の心の弱さというか、他人に虐げられるかもしれないという不安を紛らすために、たとえ相手に全く悪意がない場合でも、常に他人より優位に立っていなければ気がすまないがゆえに、ムリヤリ相手の悪意をでっち上げて罵倒を繰り返し続けることである。
 そんな妄想の対象にされるほうはたまったものではない。
 だから私は、しげと話をしながら、しげの話に矛盾や思いこみがあると判断した時には、その根拠を示して「そりゃお前の妄想だ」と指摘をする。

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05月18日(土)
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