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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■バンパイアの夜/『ビッグマックプリーズ!!』(小屋一平)/『光の島』1巻(尾瀬あきら)ほか
 以前は発砲プラスチック容器に入れられていたビッグマック、今は簡易包装の紙の箱に変わっているが、あれの発祥がドイツだったとはなあ。
 ともかく1ページめくるごとに新発見、再発見の連続である。
 この本もまた、身近な、見過ごされやすいものにこそ我々の真実が潜んでいるとする、「考現学」の一書と言えるだろう。……一行知識がずいぶん増えたなあ。
 あ、マクドナルドについて触れているのは第一章で、第二章は各国の「コカコーラ」です。……ファンタ・ストロベリーって日本でもどこかじゃ売ってそうだけど。 
 

 マンガ、森口豁原案・尾瀬あきら漫画『光の島』1巻(小学館・530円)。
 基本的に尾瀬あきらという人は誠実な人なんだろうな、とは思う。
 日本酒の未来を憂えたり、三里塚闘争の意味を改めて掘り起こしたり。
 かつて『バビル2世』のコミカライズをしていたころがウソのようだ(『初恋スキャンダル』ですら、もう過去の履歴から消したいのではないか、この人は)。

 今回のマンガも原作となるルポルタージュがある。
 読んだことはないが、森口豁(もりぐち・かつ)という人の『子乞い・沖縄孤島の歳月』(凱風社・1890円)がそれだ。
 基本的な話はマンガ同様、日本復帰後、過疎化が進み、一時は人口が20人台にまで落ち込んだ小島、鳩間島(マンガでは唄美島)の小学校を維持するために、島民たちが島外から子供を呼び寄せるという、いささか乱暴な方法をとった過程が描かれているらしい。
 「乱暴」とは言っても、島民にとっては切実な意味を持つ。
 小学校が廃校になれば、行政に見捨てられ、廃村が決まるということだからだ。
 「ムリヤリ呼び寄せられる子供の人権はどうなるのか」との批判ももっともではある。しかし、「島の未来」を考える時、「なりふりかまってはいられない」というのが実情だったのだろう。
 廃村が決まって、島を退去したからといって、残された人々が生きて行ける保証はない。行政はそこまで面倒は見てくれないからである。

 ルポルタージュはその沖縄行政の杜撰さを告発するような内容になっているらしいが、尾瀬さんはそこまで踏み込んで書くつもりなのだろうか。
 今の所、マンガは沖縄の自然を豊かに描き、まずはそこに生きる人々の心の葛藤と、困難を乗り越えようとする強い意志と、優しさとを描いている。
 それはそれで実に爽やかな印象を与える。
 たった二人の小学生、光と由美。
 体の弱い由美が、両親と別れて落ちこむ光を慰めるシーンや、島に来たことの意味を確かめるように走るシーン、その姿には素直に感動してしまう。

 しかし、それでも一抹の不安を覚えずに入られない。
 似たようなテーマの高畑勲のアニメ、『おもひでぽろぽろ』が、無批判な「田舎賛美」に堕してしまったのと同じ轍をこのマンガは踏みはしないか。
 人の生き方はさまざまであるはずなのに、絶対的な「正しさ」を求めはしないか。
 全く逆に、たとえ子供を利用しようとしてでも島の未来が大事というオトナのエゴイズム、それを開き直って描くような、「正しい生き方をしているものなど誰もいない」という視点で今後のストーリーが展開されていくのならば、このマンガ、とても面白いものになっていくんじゃないかと思うのだが。


 マンガ、ヒラマツ・ミノル『アグネス仮面』1巻(小学館・530円)。
 『1・2の三四郎』再び。
 描き手は違うが、そんな印象のマンガだ。
 しげと結婚した十年前、テレビでプロレス中継を見ようとした瞬間、「アンタってプロレス中継見る人だったの?!」と蛇蝎を見るがごとく毛嫌いされ、隠れプロレスファンであることすらやめてしまった私にとっては、なんとも「なつかしさ」すら感じてしまう。
 なんたって時代設定が「昭和51年」だよ。
 まだ我々がアントニオ猪木に夢を持っていられた時代だ。
 あの「アントニオ猪木対モハメッドアリ」の異種格闘技戦が行われたのが昭和51年6月26日のこと。……かじりついてたよなあ、テレビに。

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01月18日(金)
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