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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■原作と映画の間/映画『走れメロス』/『朱色の研究 夕陽丘殺人事件』(有栖川有栖・麻々原絵里依)ほか
城内に入りこんだメロスが、国王暗殺の犯人として捕らえられる展開は原作とも共通しているが、原作がその目的が事実だったのに対して、アニメでは「うっかり迷いこんだだけで国王暗殺の意図はない=王の誤解」とまたもや大きな改変。
そして、これがもっとも大きな変更だろうが、セリネが身代わりを申し出たのは、メロスを助けるためではなかったのだ。
ノラリクラリとしていてはっきりとは語られないが、どこかセリネはメロスの帰還を信じつつも「帰ってこなくてもいいかな」と思っているフシがある。
酒で身を持ち崩していたセリネは半ば自暴自棄的な思いで人質に名乗り出たのだ。暴虐な王をたしなめるきっかけがほしかった、それだけだったようにすら見える。
となると、ラストで殴り合う二人の行動の意味も、全くの別解釈が必要となろう。セリネがメロスに殴らせたのは、メロスの真意を疑ったからではない。彼を利用しようとしたからだ。
原作では帰還したメロスに自分の不明を詫び善政を誓う国王だが、アニメでは最後まで反省はしない。結果、民衆は国王をシラクサから追い出してしまうのである。途中経過を見ていても小林昭二の憎々しい声で演じられているこの国王が最後に涙を流して反省するようには見えなかったが、これはどうやら史実のディオニシウス2世の事績に合わせた改変のようだ。
つまり、薄っぺらなヒューマニズムでオチをつけた原作を、監督は拒否したのである。それが正しいか正しくないかの議論は置く。ここには、政治とは結局、戦いによってしかなされないと考えるおおすみ正秋のリアリストとしての目が働いていると言っていいだろう。
……いや、面白い。
書き忘れたが、作画監督は『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』、『人狼』でアニメーションのリアル演出で、一つの頂点を極めたと言ってもいい沖浦啓之であるが、まだほんの少し型どおりの演技をキャラクターにつけている部分が見えて微笑ましい。
ここから『人狼』までわずか数年でたどりついたってのがすごいよなあ。
沖縄では一足先、昨日に成人式が行われていた模様だが、予想通り(^_^;)トラブルがあった模様だ。
会場内に酒を持ちこもうとした連中が警備の者と押し問答の末、乱闘になって逮捕されたとか。
昨日の新聞にも「沖縄は危険」とか書いてあったから、いかにも世間の期待に答えたような形で事件を起こしてくれたものだ。さすが、イマドキの20代(実際にコトを起こしたのは後輩の19歳の連中だったらしいけど)。外さないよねえ。
またぞろ昨年のように「成人式のあり方は」とか言い出してるやつがいるけど、あり方もクソもあるか。どう対策を取ろうが、バカはバカだからバカをやるものである。バカじゃなきゃ、これだけ世間が騒いでるのにわざわざ逮捕されるようなコトをするものか。
どうせなら下手に若者に迎合してイベント制を持たせるようなことはキッパリやめて、もう徹底的につまらなく、どこまでツライ目に忍従できるかを試す儀式にすればいいのだ。
内容は名士の講演を延々6時間、会場は吹きっ晒しの野っぱらに正座、参加拒否者には罰金五十万円、それくらいやって、暴動起こすヤツを全員タイホ、ということにするのだ。これでいずれ犯罪を犯すヤツを未然にムショにぶちこんでおけるという(^o^)。
まあ、冗談めかして言ってるけど、成人式が有名無実なのは事実だし。元々これって「イニシエーション」でなきゃならんのじゃないか? 「成人」になるための通過儀礼的なことやってるところが、どこか一県でもあるのか? 別にバンジージャンプをやれとは言わんが、「ハタチになったこと」を証明するような「行為」なくして「成人式」と言えるか。
逆説的だが、とっつかまった連中は、「ハタチになったこと」を身を持って体現したのである。本人たちはそれで満足だろうから、十年くらいぶちこんどいてハタチの味を噛み締めておいてもらいたいものである。
今日こそ『ハリー・ポッター』を見ようとしげを誘うが、しげは疲れて寝ている。今日を逃すとまたしばらく行けないというのに、ロングランになってるからと言って、のんびりしてやがるなあ。
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01月14日(月)
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