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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■40歳のロンゲ……髪薄いってのに/『読者は踊る』(斎藤美奈子)ほか
文字ではわかんないだろうが、父は威張った口調で喋っている。ちょっと笑ってもいる。空威張りが好きなんだよねえ、博多んモンってのは。
私もこれが虚勢だってのはわかるんで、つい言ってしまった。
「……なんなら、散髪代払おうか?」
「ばかたれ!」
……だから、寝惚けたアタマで会話するもんじゃない。これは昔ながらの職人に対しては失言である。前にも同じセリフを言って怒られたってのに、また同じ失敗を繰り返してしまったのだ。
遠慮なく喋ってるようでいて、私と父との間にはもう随分と「距離」が出来てしまっている。母の死後、もう父と同居することが出来なくなったな、となんとなく感じるようになったが、それは父も同じであった。
別に父と憎みあっているわけではない。
以前、一緒に住もうか、と私が言った時に、父は「生活がもう、違うとう」とポツリと言ったが、まさしくそれが理由なのだ。
父から見れば、オタクな私の生活は、自堕落にしか見えまい(ノ_;)。
もっとも、父も戦前からの映画ファンで、何千本とビデオを地下倉庫に溜め込んでいる元祖オタクなんだが、同じオタクでも方向性が違うと、同居がしにくいものなんである。父が若いころならば衝突することもできたろうが(実際毎日のようにしてたし)、今や、衝突すれば確実に父の寿命が縮む。
あまり会わない方がいい親子というものもあるのだ。
……失言のせいで、気分が、更にずんと落ち込む。
結局、今日は行くような行かないような、曖昧な返事をして電話を切ったが、父に顔を見せる元気は全くなくしてしまった。
口には出さなかったが、父は、多分ソバだのなんだの、いろいろ私たちのために用意もしていただろう。そういう父の気遣いが察せられるだけに、なおのこと行く気をなくしてしまったのだ。しげも仕事に出かけねばならないし、私一人で父と会う元気はない。しげが早目に帰ってくれば二人で行くことも出来るが、多分、時間帯は合うまい。
案の定、4時ごろにまた電話がかかるが、しげはまだ仕事である。
居留守を使ってそのまま寝る。
ベルは20回ほど鳴って切れたが、これでしばらく父からの電話もなかろう。
しかし、2001年も最後の最後でドラマを用意してくれるものだなあ。
……散髪、どうしようか。
年末に買って、まだ読んでない本をしげが帰るまでパラパラとめくる。
斎藤美奈子『読者は踊る』(文春文庫・700円)。
一応これは『鳩よ!』に連載されていた『本とうの話』という「書評」の文庫化、ということになるらしい。
らしい、と書いたのは、実は作者の視点が「作品」そのものの批評だけに留まらず、その本が世間でどう受け入れられて行ったか、そこに「ヘンな事情」がなかったか、そういった「周辺事情」の批評に腐心しているからなんですね。
要するにこの本、『トンデモ本の世界』と同じく、「こんなヘンな本なのにそれが売れている」という視点で253冊の本を切ってるのである。
しかも実にその視点が鋭い。
これだけ本が出版されている、つまりは情報が溢れている中では、一つ一つの情報の意味を分析し理解していくのは並みたいていのことではない。どこかヘンだな、と感じつつも、それを見逃し、惰性の日々に身を置いて思考能力を低下させていることは多かろう。
それを斎藤さんは一つ一つ暴いていく。その姿はまるでテレビ批評におけるナンシー関のようだ(誉めてんだよ)。
例えば、例の藤村新一による旧石器遺跡捏造事件、アレの責任がジャーナリズム、特にNHKと朝日新聞社にあると斎藤さんはズバッと言い切るのだ。
「捏造が起こる背景には『考古学フィーバー』がある」、それを煽ったのがNHKであり朝日新聞社だと言うのだ。
確かにそうだよなあ。新しい縄文の姿とかで、以前はやたら特番組んでたもんなあ。当時の再現ドラマとか作ったりしてたし、斎藤さん曰く、「見たんか、それを!」
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12月31日(月)
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