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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■鶏は卵を音を立てて生む/『獣星記ギルステイン』2巻(酒井直幸・田巻久雄)
 なんかもう、無理しないで、ゆっくり養生しろよって言いたくなるけど、そう言ってあげらける人ももう周囲にはいないんだろうなあ。なんかもう、この人に関するニュースは見たくないな。

 
 しげ、体調が優れないらしく、車での送り迎えが出来ない。
 それで雨の中を濡れながら帰る。
 電話口でのしげの息遣いがいかにも苦しそうだったので、「ボナペティ」に寄って、クリコロッケ・鶏肉・焼きビーフン・カツトジ・茄の肉詰めなんかを買いこみ、更にミニストップで栄養剤も買う。

 ところが、帰ってみればしげは、昨日買ったパソコンデスクを元気に組みたてている。
 ……なんだったんだよ、あの電話口でのタメイキ混じりの声は。
 しかもどこかに置き忘れてきたのか、大枚はたいた栄養剤千円分がない。うわあ、ミニストップか乗って来たタクシーの中かどっちかに忘れてきたか。
 ああ、もったいない!
 もちろん、悪いのは私なんだが、ヘラヘラ笑いながらデスクを組みたてているしげを見ていると、なんだかどうにもムカムカとヤツアタリしたい気分になってくる。
 実際にはあとでしげが3倍返しでネチネチ文句つけてくるのが解りきってるから、やんないけど。
 しげ、要領が悪くてなかなかデスクをセッティングできない。
 「はあーん」「ほわっ」「ひえーん」と情けない声をあげ続けるので、うるさくなって仕方なく家具の場所移動を手伝う。
 しかしこのデスクにパソコンが鎮座ましますのはいつの日か。


 11日(火)の唐沢俊一さんの日記を読んで、オヤッと気付いたことがある。
 すずきぢゅんいち監督の『ひとりね』にからんで、珍しく(と言ったら失礼か)唐沢さんがマジメに映画を論じていたのだ。
 「映画監督は裏方なのである。観客になって楽しんでしまってはいけない。いや映画に限らず、全ての創作において」
 小説で例えるなら、シャーロック・ホームズよりコナン・ドイルが前に出てきちゃいけないってとこだろうか。この批評が「マジメ」だと言うのは、日頃、唐沢さんが主張されている「“裏”モノ」としての姿勢と真っ向から対立する概念を提示されているからだ。
 その裏方たるべき監督が、観客になって楽しみ、つまんないトンデモ映画を作りまくった代表的な例が、あのエド・ウッドだったりする。それに、唐沢さん自身、『すごいけどヘンな人』で取り上げた人々は、みんな出しゃばりばっかりだ。
 現実的には、監督が出しゃばろうが出しゃばるまいが、その作品の客観的評価とはあまり関わりがない場合が多い。評価が高くなるか低くなるかは、観客のその時代時代の感じ方のムーブメントに左右される面が大きいのである。
 唐沢さんの書かれていることは「創作者の心得」を表したスローガンである。だから間違ったことを言ってるわけじゃないんだけど、これは結局、唐沢さん自身の自戒の念として書かれているんだと解釈するのが自然であろう。
 つまり、唐沢さんは、「自分は“裏”モノを観察することは好きだけれども、“裏”モノそのものにはならないぞ」と言っていることになるのだ。
 ……当たり前か。ミイラ取りがミイラに、バードウォッチャーがトリさん自体になっちゃ、話にならんからねえ。っつーか、破滅するって(^_^;)。


 マンガ、酒井直幸原作・田巻久雄作画『獣星記ギルステイン』2巻(小学館・560円)。
 新登場キャラはサラの兄、ミハエル。
 いかにもアニメ化を狙ったような美形キャラ&コヤスなセリフ回し(←やたら「タメ」の多い某声優さんのこと)なのはご愛嬌だが、こういう激悪なやつにはそういうカッコつけが実に似あっている。好きなんだよなあ、「私は滅びぬ!」なんて、打消しの助動詞だけ古語で喋るようなやつ(^o^)。1巻読んだときにはリアル路線で行くのかと思ってたけど、そうでもないみたいね。結構ケレン味たっぷりの話になるんじゃないかな。
 声優さんが誰になるかは知らないけど、是非コヤスでお願いしたい(^^)。
 で、案の定こいつもギルステインで、未だ自身をコントロールしきれていない伊織を翻弄するのだ。おかげで伊織、ナイスバディのヘレナさんに、あんなことまでしてしまうし(^_^;)。

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12月12日(水)
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