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無責任賛歌
by 藤原敬之(ふじわら・けいし)
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■暗号解読/アニメ『ヒカルの碁』第五局/「西原理恵子のご託宣ポストカード」ほか
 更に言えば、この『スルース』を上演するなら、できれば四季とかそんなでっかい劇団じゃなくて、ホントに小さな、メンバーの確保すらままならないようなごく小人数の劇団でやった方が観客が引っかかる確率が弥増すのである。映画版のオリヴィエとケインじゃ、もうかえってバレバレ。でも、私も最初に舞台で見ていたら、見事に騙されてたかも知れない。
 トリックを明かさないでこんなこと書くとどんなんだか気になる人もいようが、ミステリの作法として、真相は明かせないので、未見の方はどうかご容赦。でもこのトリックは形を変えて、押井守が殆どの自作で使ってます。……あのヒト、ホントに演劇マニアだからねえ。
 あ、ネットで検索して、スジを書いてる人いないか探してみてもムダですよ。確かに本人が真相だと思ってること書いてるヒトも何人かいたけど、やっぱり肝心要のトリックについてはみんな騙されっぱなしだったから(^_^;)。

 なんやかやと、この『スルース』一作で語られることの多いシェーファー氏だけれど、映画の脚本も多数手がけている。
 新聞記事にはアルフレッド・ヒッチコック監督の『フレンジー』しか紹介されてなかったが、あのアガサ・クリスティー原作、ピーター・ユスティノフ主演によるエルキュール・ポアロシリーズ『ナイル殺人事件』『地中海殺人事件』『死海殺人事件』三部作の脚本を担当していたのが彼。前作のアルバート・フィニー主演、ポール・デーン脚本、シドニー・ルメット監督の『オリエント急行殺人事件』が本格ミステリ屈指の傑作だったために、どうもこの後期のシリーズは過小評価されがちなんだが、それは主演が原作のポアロのイメージから程遠いのと、監督が二流に落ちたせいで、脚本そのものはキッチリ本格ミステリしてくれていて悪い出来ではない。
 ただ、あまりにもキッチリとセオリーを踏んで観客に対してフェアに臨んでいるせいで、『スルース』のような表現媒体そのものをトリックに利用するような大ワザは使えず、ちょっとミステリに馴れたヒトなら、犯人もトリックもすぐにわかってしまうというちょっとした欠点はあった。このへんのDVDも既に既発なんでほしいんだけど、ビデオはもう持ってんだよなあ。
 あと、『アマデウス』の劇作家ピーター・シェーファーとは双子の兄弟。『アマデウス』も一種のミステリとして見れるし、二人揃って相当なマニアだったのだ。年を召していたとはいえ、残念なことである。


 今日もなんとか早目に帰れる。
 帰宅してテレビをつけたら『スクライド』のラストのあたり。
 しげはどういうわけかすっかり疲れていて、一緒にアニメ見ようかと誘ってもノってこない。
 こないだからしげは「今一週間で楽しみにしてるアニメは『ナジカ』と『テニプリ』」と言ってたから、てっきり一緒に見るもんだと思っていたのに、アテが外れた。
 初めから一人で見ると思ってみるのと、二人で見るはずが一人になって見るのとではこちらの気分のノリも自然と違ってくる。なんだかいつも以上にちょっとしたセリフの陳腐さが気になって、なかなか楽しめないのであった。

 アニメ『シャーマンキング』第十九廻「2人のビッグソウル」
 負けたらシャーマンキングへの道が閉ざされてしまうっていうのに、葉はいつも通りのんびりした態度。まん太があせってせっついてもどこ吹く風ってのはもとからの葉のキャラクターなんだろうけど、相手になる道蓮の方が「俺は絶対シャーマンキングになる!」なんて必要以上に力んでるんじゃ、初めから勝負はわかりきってるじゃないの。盛りあがらないよなあ。
 飄々としてるけど強いってキャラクターを主人公にするんだったら、基本的に対決ものは御法度なんである。弱そうに見えて強いってのがその魅力なんだから、階梯を一歩一歩上がって行くような「努力もの」とは水と油じゃないか。こうえいうところ、何でも対決ものにすりゃウケるという「ジャンプ」の手抜き編集ぶりが露骨だ。月影兵庫みたいに放浪ものにした方がずっとキャラが生きるのに、どうしてこう同じような展開ばかりさせるかなあ。
 ああ、あと細かいとこだけど、「摩多霊園」ってネーミングセンスはなんとかならんのかな、ギャグマンガじゃないんだから。



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11月07日(水)
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